第498話 たった半日

「大麦パンを食べたい人が多いかどうかは置くとして」


大麦のパンが美味いかどうかの結論については先延ばしにして、先程の話題に戻す。


「実際、大麦に合わせる形で製粉はできますか」


俺の質問に対して、ビルホネンは肩をすくめて答えた。


「難しいことではありません。製粉というのは結局のところ、ある大きさの粒をより小さな粒へと石臼の働きで磨り潰す作業なのです。大麦の粒はご存知のように小麦よりはだいぶ大きいですから、専用に調整された大麦用の石臼で小麦と同じ大きさまで粗く磨り潰す必要がありますな。ですが、その後は小麦と同じように製粉することができると思います」


「ただ、そうすると加工が二度手間になりますね。いかに材料費が安くとも、二度も磨り潰すのでは、却って価格が上がることになるのでは」


ビルホネンは技術的に可能だと言うが、クラウディオは経済的に引き合わないのではないかと指摘する。

いずれも大麦の製粉については、見逃せない指摘だ。


「それはやってみないとわかりません。大麦を粉にするまでは非常に大変ですが、大麦を小麦と同程度までに加工するのは、けっこう楽に済むかもしれません」


「結局、試してみないとわからない、ということか」


「ですがまあ、石臼の隙間の調整は、半日もあれば調整できますから、できあがってから確認もできますよ」


大麦専用の石臼を作ったとしても小麦用のそれに転用は可能である、という意味でビルホネンは指摘してくれたのかもしれないが、聞き捨てならない点があったので、オウムのように聞き返した。


「調整に半日かかるんですか?」


「ええ。うちは優秀な職人が多いですから」


石臼職人は胸を張って応えたが、俺は目眩がした。

粒度に応じた石臼のラインを持っていなければ、機械が半日止まるということではないか!


俺が領地で多くの水車を作ろうとしているのは、製粉業を興すためである。

多数の水車を用いた製粉業とは装置産業であり、装置産業であるからには極端なことを言えば365日24時間機械を動かし続けなければならない。

小麦を粗く製粉し、さらに粒度を下げるために半日調整して、それから製粉などという牧歌的なことをやらかすわけにはいかないのだ。

その上、どうも石臼の調整は熟練した職人がつきっきりで行わないといけないように聞こえる。

熟練した職人なら半日で終わるが、それ以上にかかることもあり得るということだ。


「水車と石臼をずっと動かそうと思うなら、小麦についても粒の大きさに応じた石臼が必要だな。どれを何台揃えるかは販売先を見ながらでないと決められないが」


「それは・・・職人が大勢必要になりますな」


「小麦の投入や製粉された小麦を取り分けて篩(ふるい)にかけるまでは、自動化できるだろう?」


俺が問いかけると、ビルホネンは首を左右に振った。


「私ではわかりかねます。水車の中の仕組みは、また別の専門家の仕事であると思えます」


それもそうか。ただ、観光で見たことのある水車では粉をふるうまでは自動でやっていた気がする。

ただ、なにぶん観光地で見た短時間の記憶なので、記憶にある機構が電気などの動力で動いていた可能性は捨てきれないが、それほど難しい仕組みでなかった記憶もある。

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