第489話 事業の意義
「いかがでしたか」
ニコロ司祭から解放されて会場に戻ると、クラウディオが固い表情で声をかけてきた。
自分達が出席を許されない会合でいったい何が話されていたのか、気になるのだろう。
とはいえ、どう返答したものか。
「まあ、いきなりクビということはなさそうだったな」
それ以上のことは、言いようがない。
「準備は」
「できております」
会話は打ち切り、確認事項に入る。
説明会の目的は事業計画全体像を説明するためだから、とうぜん会社(うち)が最初となる。
この説明で、参加者の事業に対する期待を盛り上げ、目的意識を統一し、後に続く専門的な発表を理解するための視点を与えなければならない。重要な説明であり、役割だ。
「本来であれば、お前に任せてしまいたいところだがな」
「ご冗談を」
説明役をクラウディオに振ろうとしたのだが、断られた。
上司であるニコロ司祭が見ている説明役など、誰だって断るだろう。俺だって断りたい。
単に、代わってくれる人間がいないだけだが。
あとは、開き直りだな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩が終わり、席に専門家達が座っている。
なるべく一番後ろの席は見ないようにして、手前の参加者を見ながら説明を始める。
「今回の事業の目的は、教会の農地に効率の良い水車群を整備し、3年間を目途に流域一帯の製粉業の拠点にすることにあります。専門家の皆様方には、そのための工事と協力をお願いするものです」
まずは目的と目標を端的に述べる。
「セイフンギョウ・・・?」
「セイフンギョウってなんだ・・・?」
聞きなれない言葉に、参加者から小さなざわめきが起きる。
「製粉業とは何か。水車の役割が小麦を小麦粉にすることにあるのは皆さんご存知でしょう。領地の水車は、一般に領民の税で建設され、領内の製粉を制限することで生まれる製粉権を有償で実施するものであります。領民の製粉という労働を代替する施設と言って良いかもしれません」
そこで、参加者が理解できる範囲の知識を元にして話を広げる。
「製粉業とは、その拡大版です。領地を超えて製粉を請け負うものです。水車建設と運用は、ご存知の通り大変に高くつきます。それを代替します。我が領地内に多数の水車を集中的に効率よく建設し、管理を低コストで行います。結果的に、自分の領地で水車を持つよりも、ずっと安く製粉という労働を代替することができるようになります」
それで、いったい何が画期的なのか。何が問題なのか。
課題の意識も具体的に上げていく。
「ただし、高い効率を実現するためには幾つもの点で革新を成し遂げる必要があります。遠方の領地と契約し、遅滞なく運び込む水運の効率化、船で運ばれてきた小麦の迅速な荷揚げと適切な倉庫による管理、注文に応じた製粉の粒度の調整、製粉時間の短縮と高品質化、製粉した小麦粉の適切な管理と密封と混ぜもの対策、小麦粉輸送のための適切な容れ物の開発と品質管理の方法、輸送された小麦粉の適切な現金化と品質保証まで、商売の流れで考えると、検討すべき項目は非常に多岐に渡ります」
ただし、ビジネスプロセスという考え方に慣れない専門家には、もう一段細かくして、実務的に何をしてほしいのか、その点を訴える。
「水車小屋の建設に絞りますと、建設地の選定、材料の搬入と建設、水路の整備、製粉用の石臼の購入と整備、製粉器械の歯車等の整備、予備部品の確保、製粉業に従事する人員の動線確保などです。私は専門家ではありませんので、まだまだ見落としているところがあると思います。それら詳細を説明してただき、共に事業の改善すべき点を検討していこう、というのが今回の趣旨であります」
そして、結論を述べる。一体、この事業の目的は何なのか。
それが専門家である個人に、どう関係してくるのか。
「ただ、私は楽観しています。なぜ、いま製粉業を興すのか。それは王国全土で領地開発が進んでいることと無関係ではありません。今、王国では大量に麦が作られているのです。来年以降になれば、それは顕著に顕れてくることでしょう。麦は、ただ麦として消費されるのでなく、別の形で皆さんの口に入るようになります。
この水車群が稼働したとき、何が起こるのか。
それは、食卓のパンとなります。小麦粉が大量に供給され、劇的に安くなり、小麦粉を用いるパンもまた安くなります。小麦粉を用いた別の形の料理が生まれるかもしれません。農民がパンを食べられる時代。私はそれを目指しています。皆さんには、ぜひそのための力を貸していただきたい」
説明を終えて、頭を下げる。
参加した専門家達は静まり返っており、咳き一つ聞こえてこなかった。
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