第490話 質疑応答

頭を下げながら、反応がないプレゼンは大成功か大失敗のどちらかだ、という格言が頭に浮かんだ。

前者ということは考えられない。後者の可能性が高い。


少しばかり先走り過ぎただろうか。


だが失敗したのであれば、喋り続けて取り返せばいい。

終わりよければ、それで良し、だ。


気持ちを切り替えて、元気良く顔をあげる。


「さて、少しばかり自分で喋りすぎました。ここからは、質疑を受けたいと思います」


ここで「何か質問はありますか?」とやってはいけない。

抽象的な質問をされても、何を答えてよいのか迷ってしまい、会場はますます静まりかえる悪循環になる。


専門家達は理解できないのではなく、戸惑っているだけなのだ。

そう思うことにして、小さなアクションを取ってもらうことから始める。


「私は皆さんの経歴を聞いておりますが、皆さんがどういった方であるかを知り合うためのお手伝いをさせてもらおうかと思います。今から私の方で幾つか質問をしますので、該当する方は右手を上げて下さい」


質疑という行為に慣れてもらうための、体を使ったアイスブレイクのようなものだ。

これは、挨拶の前にやっておくべきだったかな、と少しだけ後悔する。


「まず、今回のような工事に参加するのが5回以上だという方、右手をあげてください」


すると、会場全体で6割程度の腕があがった。

かなりの数である。1回の工事に数年かかることを思えば、かなり経験豊富な陣容だと言える。


手を上げた専門家達も驚いたのか、周囲を興味深く見回している。


「それでは、6回以上の方はそのまま手を上げ続けてください。7回・・・8回・・・」


すると、最終的に1人が最後まで右手を上げ続けていた。


「なるほど、大変なベテランが工事に参加されている、ということですね。心強い限りです」


人前で褒められることに慣れていないのか、専門家は少しばかり頬を紅潮させたが、決して嫌がってはいなかった。

自分の経歴を褒められることを嫌う専門家はいない。

周囲の専門家達も、経験を積んだベテランには敬意を払う。

設計分野では若き天才という人間もあり得るが、大勢の人間をまとめ上げて動かす工事では、やはり経験がモノをいうことを実務を積んだ専門家たちは知っている。


「では、そのベテランの目から見て今回の工事の最大の難所はどこかと思われますか」


水車の専門家であるクレイグの意見は、簡潔だった。


「水だな、代官様。水が肝要だよ」


水。少し意外な回答だった。

水車の技術者なのだから、木材の質や部品の精度などを問題にするのかと思っていた。


「少しだけ、説明してもらえますか?」


周囲の専門家達も、説明を求めて注目する。


「あー・・・そうだなあ、なんていうか」


言葉に詰まったクレイグを見かねてか、あるいは普段から説明役を引き受けているのか


「私が、説明します。よろしいでしょうか?」


とエイベルが立ち上がった。


「構わないですよ。お願いします」


許可を与えるとエイベルは頷いて、説明を始めた。


「実は、我々は件の領地に赴いて、現地を見てきたのです」

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