第486話 最後尾に座っている教会の人は
「特に挨拶は不要とのことですが・・・」
「そういうわけにもいくまい。全体への挨拶が終わり次第、声をかける」
説明会の最初の全体挨拶は、自分がすることになっている。
それを放り出して個別に挨拶に行っても、良い顔はされまい。
「まあ、後の話だ。予定通り、進行する」
新人官吏達を伴って参加者たちが待つ教会内の一室に移動することにする。
全体への説明と発表が行われるのは教会の講堂だ。
もともと司祭が説教するための建物なので演壇があり、大勢を相手に話をするのに向いている。
参加者たちの雑談などで騒がしいと思っていたのだが、妙に静まり返り緊張感がある。
「まあ、そうなるよな・・・」
と口の中で小さくつぶやく。
その緊張感を生み出した張本人は、専門家達に混じり、ちゃっかり最後尾の席に座っていた。
こうなっては仕方ない。開き直って準備したとおりに振る舞うだけだ。
「みなさん」
会場が静まり返っているせいか、妙に言葉が通る。
もともと、石造りで天井の高い建物は声が反響しやすい。
音響効果に優れた構造をしている。
パワーポイントを映すスクリーンでもあれば、もう少し説明しやすいのだが。
「専門家のみなさん。本日は領地開発の説明会のために参加いただき、ありがとうございます。現在、私が計画している領地開発計画は、控えめに言っても、非常に野心的な試みです。事前に幾人かの専門家の方とお話しましたところ、事業の全体像を伝えることが難しい、ということがわかりました。簡単にいえば、過去の事例が参考にならない、ということです。新しく事業を進めるため、今回は新しい方式で事業を進めます」
新しい事業だから新しい方式で進める。
言葉としては美しいが、現実の事業では忌避される行為でもある。
事業でリスクをとるのなら管理方式は保守的にすべきであるし、新しい管理方式を試すのならば既存事業で実施すべきである。
ただ、新しいと説明している方式は自分にとっては元の世界で馴染みのある方式であるので、この際は問題ない。
「最初に、代官として事業の全体計画をこちらで説明します。次に、各領域の専門家の方からも、順次、説明をしていただきます。順番については、事業の進行と関連しているので、こちらで指名します」
参加者たちの様子を見てみれば、各々が何やら羊皮紙の束や、大きな木の板、箱などを持ち込んでいる。
この際、自分達の仕事をアピールしようというのであろう。
事前に想定していたのよりも、積極的な反応に見える。
「その後、昼食のため休憩とさせていただきまして、午後からは小さな集団に分かれて事業の修正や改善提案を検討していただくことになります」
今回の最大の目玉である。とは言え、少し不安はある。
議論には慣れが必要である。事前の全体説明で知識レベルが平準化されたとしても、前向きな議論をするための技術が専門家達にあるのか、その点は未知数だ。
そのあたりは、専門家としての矜持、報酬への期待、それと新人官吏達のサポートに期待するしかあるまい。
最後尾で愉快そうに座っている人が「自分も参加する」などと言い出さなければいいのだが。
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