第455話 調査行の成果
どうせ放っておいても死んでしまうなら、やってみて損になることはあるまい。
鏃や武器に痛み止めを使用するというのはある種の賭けであったが、男爵の試みは半分がた成功したと言える結果となった。
痛み止めを武器に塗るという、これまでにない指示に団員達は半信半疑であったが、戦闘が長引くにつれて、その効果に目を見張ることになった。
住処に残っていた人喰い巨人は、当初、激烈な抵抗を見せ、団員達を手こずらせたのだが、徐々に動きが鈍り始め、戦っている最中だと言うのに棍棒を手放し、座り込んでしまったのだ。
「これは・・・効いているな」
「効いていますね。しかし、これは・・・」
兵団員達が武器を構えて人喰い巨人を取り囲む中、そうして腰を下ろし、牙の間から涎らしきものを流している人喰い巨人の姿は、まるで何かの魔術をかけられたかのようであり、逆に兵団員達自信が、自分達のしでかしたことに違和感と気味の悪さを覚えていた。
「男爵様、ここからどうしますか?」
ジルボアが指示を求めたのは、この状態で観察するか、もう少し薬による攻撃を加えて大人しくさせるか、それとも殺してしまうか。
その何れかの選択肢を取ることができるようになったからだろう。
殺す以外のことができなかった、この調査行において初めてのことだ。
「そ・・・そうだな。このまま観察したいところだが、さすがに危なかろう。もう少しだけ攻撃を加えて、より薬を体中に回らせたい。その後で用意した鉄製の手枷と鎖につないでしまいたい」
「わかりました。攻撃続行!ただし殺すな!急所への打撃は避けて薬を塗った武器で傷をつけることを優先しろ!」
ジルボアの指示と共に攻撃は再開され、とうとう人喰い巨人は意識を失って地面に倒れ伏した。
人喰い巨人に手枷をつける段になり、はたと男爵は困惑した。
手枷自体は男爵が特別に鍛冶屋に造らせたもので、重量こそあるものの強度に自信はある。
だが、あの怪物の傍まで誰が近寄って手に嵌めるのか。
ひょっとすると、あの怪物は意識を失った振りをしていて、手枷を嵌めようと近づいてきた人間に掴みかかり、その鋭い爪で引き裂こうとしてくるのではないだろうか。
「さて、用意した特別製の手枷をつけるわけだが・・・近づくのは危険だの。どうしたものか・・・」
「大丈夫ですよ。1名、手枷を持って続け!」
だが、男爵のそんな心配をよそにジルボアは倒れ伏した怪物にスタスタと散歩でもするように近づき、1人に手伝わせてあっという間に鉄製の手枷を両手にはめてしまった。
「さて。野営地までは団員達が縄で引くとして、その先は馬車にくくりつけて運ぶことはできるでしょう。問題はその先です。薬の残りも少ないですし、目を覚まして狂暴化されれば元の木阿弥です」
ジルボアの懸念に対し、男爵は少し眉を顰めながら答えた。
「まあ、一応、方法はある。あまり褒められた方法ではないがの・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当初の賑やかでざわめいていた会場は、すっかり静まり返り、男爵様の話す声だけが響いていた。
それだけ、話の内容に衝撃を受けていたのだろう。
男爵様の語った、人喰い巨人捕獲のための冒険行を、聴衆の貴族達は息を飲んで聞き入っているようだった。
今回の報告会の参加者は男爵の知人だけあって、この街の上流階級の人間達である。
当然、旅といえば護衛つきで安全な街道沿いを何不自由なく移動することしか知らないし、森に分け入るなど考えたこともない立場の人間達と言っても良い。
そんな人間達が男爵様の体験と成果をどう感じたのか。
俺には想像もできなかった。
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