第447話 ジルボアの帰還
「そういえば、ここの食事に不満はないのか?」
新人官吏達の待遇面の向上を考えていた時に気になったことの一つが食事だ。
サラやシオンは元々が工房の人間であるから工房の食事に不満を抱くことはないだろうが、教会や剣牙の兵団から派遣されている連中は、もっといいものを食っていたのではないだろうか。
この工房の粗食に不満はないのか。
これまでが忙しすぎて考える暇もなかったが、気がついたからには確かめたいし、不満があれば改善したい。
ところが、返ってきた答えは意外なものだった。
「教会の食事よりも、よほど良いですよ」
「団の食事と比べると肉が物足りないですね。ただ夕食は外食ですからね。そこで食べています」
とのことだった。
まだまだ若手の彼らからすると、朝の決まった時間に温かい食事が出るだけで、有り難いものらしい。
上の方に行けば舌も肥えるのだろうが、今のところは問題がないらしい。
基本の賃金は、彼らが所属する元の組織から払われている。
ある意味で期間限定の出向者の扱いとなっているわけだ。
出向期間は、俺が代官を辞任するまで。
その間に領地経営や関連する技術、知識、ノウハウを学び、所属する組織へとフィードバックすることが求められている。
とはいえ、先日もクラウディオがニコロ司祭に報告を求められていたように、適宜報告をしてはいるのだろう。
そのあたりの内容を特に検閲はしていない。
むしろ積極的に広めて欲しいところだ。
「そうなると、やはり賃金か。だが勝手に上げていいものかな」
サラとシオンを除く出向者達の基本賃金は、元の組織の規則に基いて払われている。
詳細を確かめたことはないが、階級なり地位によって定められた賃金テーブルのようなものがあるはずだ。
こちらで勝手に給与を上げると、その規則を破ることになる。
賃金のバランスを崩してしまうと、出向者が元の組織に戻った時に、出向中よりも給与が下がる、という現象が起きることになる。
出向者が賃金の減少を嫌がって、元の組織に戻りたくないと言い出せばどうなるのか。
つまり、こちらで勝手に賃金を上げると、将来的な引き抜き工作ではないか、と疑われてしまう可能性がある。
そういうわけで食事などの福利厚生面で待遇を向上させようとしてみたのだが、食事に不満はないという。
面倒くさくはなるが、賃金を上げても良いかとの調整を派遣元の組織と調整するのが正道だろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジルボアが戻っているというので、剣牙の兵団に赴くことにした。
金銭の絡む話は、やはり顔を突き合わせて話したほうがいい。
それに、遠征の成果にも興味があった。
「久しぶりだな、ケンジ。またいろいろやらかしたそうじゃないか」
「ごあいさつだな。火の粉を振り払っただけだ」
剣牙の兵団の事務所に入ると、ジルボアは奥の執務室で迎えてくれた。
遠征帰りで鎧などはメンテに出しているせいか、珍しく平服である。
ただ、その服装も冒険者が身につける生成りの布などではなく、白いシャツも襟のあたりがヒラヒラしていて、襟元から胸にも銀のボタンが沢山ついているものだ。
「こうしてみると、お前は本当に冒険者に見えないな。お貴族様じゃないか」
「それはお互い様だよ、ケンジ。代官様になったそうじゃないか。もう冒険者とは言えないな。代官様、と呼んだほうがいいかな?」
「よしてくれ、お前に代官様なんて言われると背中のあたりがムズムズしてくる」
今では王国中に名声が轟く剣牙の兵団のトップ、貴族位の授爵や婚姻も噂される美丈夫であるジルボアと、木っ端役人の代官で比較の対象になるわけがない。
ジルボアの冗談は、いつも趣味が悪い。
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