第440話 天の星

それからしばらく、街の冒険者ギルドに、ある依頼が貼りだされ続けた。

依頼の内容は、柊の花を摘んでくる。それだけである。


毎日、1花ずつの採取依頼。

依頼の価格も安いが、毎日1花ずつだけという奇妙さに数日は注目が集まったが、それだけだ。

それでも毎日、依頼され続ける。


依頼の主は不明だった。

その奇妙な依頼は1月程続き、ある日、依頼はなくなった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ケンジとサラは、連絡をつける算段について議論する。


「単なる理屈の問題だな。王都に直接出向いても平民だから会えない。だから間接的に知らせる方法しかない」


「そうね。それでご実家に手紙を送ったけれども無視されたわけでしょう?」


「そうだ。だから家に送るのはやめて職場に連絡がつくようにする」


「だけど、王都の偉い人達が平民の手紙なんて読んでくれないでしょう?」


貴族が平民の訴えに耳を貸すことなどない。

大商人のような財産のある上級市民ならともかくとして、冒険者と貴族では身分が違いすぎる。

だが、ケンジはそこで思いもよらない解決策を示してみせた。


「読まないな。だから、仕事の流れで読ませるんだ。具体的には街のギルドからの報告書に紛れ込ませる。さっきの貼り合わせるなんていう方法はダメだが、依頼にしてしまえばいい。その蒼剣の君とやらは、依頼をとりまとめてることを仕事にしているのだから、依頼については目を通しているハズだ。少なくとも、そうする同僚の近くで働いているはず」


「それで、依頼の内容で目を惹けばいいのね!何回も同じ依頼があったら、気になるものね!」


サラは興奮して立ち上がった。


「そうだ。奇妙な依頼であればあるほどいい。それで文面が伝わる、はずだ。確実じゃないのがネックだが、確率の低さは数で補う。繰り返せば、その内に伝わるだろう」


「そうね。それに、それってなんだか、すごくロマンチック!」


「まあ、そうだな。依頼者はちょっといろんな奴らに頼んでバラけさせれば、こちらが探られる危険も減らせるだろうさ。あとのことは、ローラさん次第だ」


「そうね。貴族達の相手とか、私たちじゃできないものね」


サラはケンジがロマンの部分に耳を貸さずに危険のことだけを気にしたとこに少しだけ不満だったが、それもケンジだから仕方ないか、と納得することにした。


「そうだな。だが、それにしても報告書を活用する、という手段はなかなか使えるな」


「ケンジ?」


「いや。単なる思いつきだが、平民でも王国の仕組みを利用すれば、何かできることがありそうな気がしたのさ」


「何かって?」


「例えば、王都へ伝えられる情報に、こちらの望む意見を付け加えるとか」


「そんなの、無理に決まってるじゃない!お貴族様が私達の意見を聞いてくれたりするわけないでしょう?」


ケンジの考えは、サラにはいつも難しいし、突飛だ。

一体、どこからその着想が湧いてくるのか。

ケンジを見ていると、棒きれで天をつついて星を動かそうとしている。

そんな風に見えるのだ。


「まあな。だから、ただの妄想だよ。なんだ、ローラさんのことが気になるのか?」


「うん・・・これから大変かな、って」


「そうだな。父親に知らせたからって、簡単な話じゃないだろう。子供もお家騒動を避けるため、聖職者になるよう教会に出されるかもしれないな。だが、その方がいいかもしれない。教育も受けられるだろうし、飢える心配もない」


ローラの子供のことを父親が知ったとしたらどうするのか。

情があれば聖職者にしてやることぐらいはできるだろう。

ケンジの未来予想図に、サラは喜んで頷いた。


「そう・・・そうね!その方がいいかもね!聖職者ならローラさんも会いにいけるわよね!」


「そうだな。そうなるといいな」


結局のところ、人にはそれぞれの立場があり、人生がある。

冒険者の平民にすぎないケンジにもサラにもできることには限界がある。


それでも、ローラとその子供の人生が少しでもマシな方向に転換する手助けができたのだろうか。

そうであって欲しい。


もう少しだけ自分にできることがあったなら、もう少しだけ何かできたのだろうか。

サラは、冒険者であり続けることに少しだけ疑問を感じ始めていた。

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