第二十七章 生け捕りした怪物で冒険者を支援します

第441話 赴任

赴任予定地の前代官であるプルパンの罷免が決定された後でも、俺は教会の私設小法廷からは未だ解放されていなかった。

裁判が終わるや連れ込まれた別室で、ある意味で裁判よりも厳しい追求が待っていたからだ。


「それで、いつから領地に入れる」


質問の形式をとっているが、まるでこちらの意見を聞く気のない物言いは、ニコロ司祭のものだ。


「3月は先になるかと」


難しいとは思いつつ、抵抗を試みる。

彼我の力関係からして「できない」とは答えられないが、できないことを「できる」と言えば大変なことになる。

統治は一人ではできないのだから、部下を守るためにも期間は確保しなければならない。


「遅いな。1月で何とかならぬか」


案の定、ニコロ司祭が機嫌を損ねる。

非常に優秀な人間の常で、自分の思い通りにならないものごとに対し、非常に気が短いのだ。


「司祭様、私は代官としては新米です。今でも最大限の早さで準備をしているのです。身一つで入って統治を始めるわけには参りません」


「今の領地に文官達がおろうが」


「前代官の元で働かれていたのですよね。財産の状況をお調べになられれば、清廉な者は半分も残らないでしょう。そして、清廉だからといって仕事ができるとは限りません」


プルパンの罷免に従って、それまで見逃されてきたプルパンの部下達の財産状況にも監査が入ることになる。

清廉な文官などいないに等しいので、程度問題ではあるが多くの部下たちは罪に問われることになるだろう。


「そうだな。プルパンも、あれで無能ではなかった。プルパンに追従できる程度の者しか残らぬかも知れぬな」


問題は、清廉であることと有能であることは、ほとんど合致しないことだ。

プルパンとて長年、代官を務めていたのだから人を見る目と使う能はあったはずだ。

そして有能な部下に利益を与えれば自分が楽をできるのだから、ある程度の権益なり利益なりを与えて自分の派閥を形成していたことだろう。

そんな環境で清廉であるということは、プルパンと政治信条の面でよほどに合わないことがあったか、利益を与えても仕方のない人間と見られていた、ということである。


ニコロ司祭は後者でないか、と言っているわけで、俺もそれには賛成である。


「ですから、今は自分の手足となる文官たちを早急に育成しております。また、今回の裁判結果によるプルパン殿の財産を活用する投資の計画を教会に提出し、支援を仰ぎたいと考えております」


投資、と聞いてニコロ司祭の目に凄みが増したように見えた。


「例の、水車の計画か」


「はい。実際に測量士によって現地の測量を行い、技術者を派遣していただくための下準備が必要となります。事前の整地作業に村人達を活用することで飢饉に対する雇用対策にもなります」


「たしか規格化と聞き慣れぬ言葉を言っておったな」


やはり、あの言葉を聞き逃していなかったか。

礼を失さない程度に、自分の事業に関連して説明を試みる。


「さようです。これは私共が靴の製造で用いてる方式と同じです。靴にはいくつかのサイズが決められており、そのサイズごとに用いる部品が同じとなっております。正確なサイズで製造すれば、その部品はどの靴にも使用できるようになっているのです」


「ふむ。確かに、理に適っている。税を取るための秤が同じ重さであることと同じだな」


やはりニコロ司祭は理解が早い。規格を定めるということは、この世界でもある程度は進められている。

それを製造業の面で徹底しよう、というところに今回の試みの新規性があるわけだ。


「はい。それと同じことを水車の軸受けや水受けに活用しようと考えております。そうすることで水車の製造と整備に関する費用を下げられるのではないか、と考えた次第です」


「それ程、増やそうと考えているわけか」


「はい、必ず増えます。水車が増えれば、安価なパンを領民たちが食することができるようになります」


「領民がパンを、か。ケンジよ、お主はいつも奇妙なこと言う」


「ですが、教会への喜捨も増えます。製粉に関する権利を大幅に獲得することができるわけですから」


ニコロ司祭は少しの間、頭の中で何かを考えていたようだったが、最終的には了承した。


「よかろう。赴任時期の延期を認めよう。ただし修正した整備計画は私のもとに直接、届けるように」


もちろん、計画書という追加の仕事は増えて、さらに赴任の時期は元通りになっただけであったが。

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