第419話 撃退

事務所で書きものをしている内に、いつの間にかうとうとしていたらしい。


「ケンジ、起きて」


と緊張したサラの声に起こされた。

あたりはすっかり暗くなっていて、サラの持っているランプが弱々しい灯りを放っている。


「スイベリーさんが、来てくれって」


少しばかりサラの声が硬い。

急いで事務所を出て行くと、スイベリー以下、剣牙の兵団の団員達は全員が完全装備に身を固めていた。


「遅かったな。襲撃だっていうのに、なかなかいい度胸をしている」


呆れたような声でスイベリーが声をかけてくる。


団員達の装備は、大きな音を立てないよう揃いの街中用のオイルで煮込んだ硬革(ハード・レザー)の鎧と大き目の兜(ヘルム)を身につけ、剣盾兵は剣と大き目の四角い盾、斧槍兵は斧槍(ハルバード)、弩兵は弩(クロスボウ)に太矢(クォレル)を装填し、いつでも戦闘に入れるようにしている。


「何か演説でもするか?」


と聞かれたが柄でもない、と断る。兵団の指揮はスイベリーに任せているのだ。

ただ、依頼の責任者として短く全員の目を見て声をかけた。


「俺は剣牙の兵団が一流クランだと言うことを知っている。全員、いつも通りの力を見せてくれ」


兵団の全員が頷くのを見て、こちらも頷いて見せる。

その後、兵団達は全員が静かに足並みをを揃えると、工房の外に出て行った。

革通りを剣盾兵で封鎖するためだ。


「一応、状況を聞かせてもらえるか」


指揮を執るために後から続くスイベリーに同道しつつ、状況を尋ねる。


「向こうも頭は悪いが必死だな。その辺の乞食も含めて何十人かを、昼間から集めて回っていたらしい。結構な人数がこちらに向かっている、と偵察に出ていた連中が知らせてきた」


思っていたよりも人数が多い。


革通りの出入口付近で隊列を整えて待ち受ける。

すると夜中だというのに、松明を持った群衆が角の向こうから姿を見せる。

暗くて良く見えないが、身なりは悪い。どいつもこいつもボロ布か服かわからない何かを体に巻き付け、手には棍棒や石、即席の松明を持っている。乞食の集団、と言ってもおかしくないだろう。


そうした連中はすっかり油断していたのか、通りが封鎖されているのを見て慌てて立ち止まるのが見えた。

ただ、それが見えるのは先頭の連中だけなのか、後ろから「なんだ、さっさと進め!」と苛立つ声も聞こえてくる。


無言で蹴散らしてもいいのだが、一度だけ、警告はする。


「この夜中に何の用だ!この先は善良な市民の家と工房が並んでいる!即刻解散せよ!」


すると、汚らしい集団の向こうから応えがあった。


「この先には金貨をたっぷり貯めこんだ悪の商人の家がある!こんだけ人数がいれば勝てる!やっちまえ!」


交渉決裂だな。


乞食どもが棒を構え、前進しようとするのを見つつ「頼む」と合図する。


「三番隊、撃て!」


ビインとバンという弦の音と何かを叩きつけるような音を同時に鳴らし、竜の鱗を貫く太矢が7本、群衆に向かって飛ぶと、前列にいた連中と、その後ろが弾かれたように倒れた。


「え・・・」


それまで前列にいた連中が突然いなくなったことで最前列に押し出された乞食たちが、状況をつかめずに戸惑う。


「三番隊、装填!」


スイベリーの合図で弩兵達は弩(クロスボウ)の足掛けに足をいれ、背筋を使って弦を引く作業に入る。


その様子に気がついたのか、集団の後ろで声がかかる。


「い、今のうちなら矢は撃てない!かかれ!」


その声に衝撃を受けていた集団も正気を取り戻し、自棄糞になって前進を始める。

だが、現実は無情だ。


「一番隊、構え!二番隊、降ろせ!」


スイベリーの指示で1列目の剣盾兵が大盾を構え、2列目の斧槍兵が斧槍を盾の隙間から前に突き出す。

すると、通路の幅一杯に揃った棘の生えた強固な壁ができ上がった。

そのまま前進すれば、乞食たちは串刺しになる。


「ま、まて、まてまて」


と前列の連中は後ろの連中に押されつつ前進する。例え何人かが串刺しになったとしても、数の圧力で押し切ろうと言うのだろう。その考え方自体は集団として正しい。


「二番隊、上げろ!」


ところが、スイベリーの指示で斧槍を掴まれる前に、スッと全員が斧槍の角度をあげた。

すると、集団は安心して数歩前に出る。

だが、それは罠だ。


「二番隊、叩け!」


次の指示で天高く掲げられた斧槍が、斧の面から叩きつけられ、前列の連中は頭や肩、庇おうとした腕を文字通り叩き割られ、血しぶきが飛んだ。


「二番隊、上げろ!」


スイベリーが再度、指示を出す。


乞食の集団が押し寄せてから、ほんの30秒ほど。弩を一斉射し、斧槍を一度振り下ろしただけで、10人以上が倒れて血の海に沈んでいる。


「三番隊、装填よし!」


そうしている内に、弩隊から装填が完了したとの報告が入る。

これで連中の勝ち目は完全になくなった。だというのに、なぜ逃げないのか。

もう十分だろう。帰って雇い主に襲撃は失敗したと報告するか、逐電するなりすればいい。


だが戦闘指揮はスイベリーに任せている。素人の俺が指揮に口を挟むことは自重する。


「三番隊、撃て!」


再び、強く引かれた弩から怪物の強靭な皮膚を突き通す太矢が放たれ、集団の前列と後ろが弾かれたように倒れる。

これで、集団の残りは半分となった。


くそっ。早く逃げろ。逃げちまえ。


俺の声にならない声が通じたのか、乞食の集団が武器を放り捨てて逃げようとする。

すると逃げようとした先で「逃げるな!逃げると斬る!」と声と同時に悲鳴があがった。

先に、金貨があるだのと言っていた声だ。後ろで、扇動し、督戦してる奴がいる。


「あれを捕まえたい。最悪、殺してもいい」


俺が依頼すると、スイベリーが全体に指示を出す。


「全体、歩速前進よーい!前進、歩速始め!」


ザッザッと足並みを揃えて兵団が前進を始めると、乞食の集団はパニックに陥った。

手に持った武器や松明を放り捨てて逃げ始める。


「逃げるな!おい!くそっ・・・」


すると、後ろにいた奴の姿が見えてきた。

集団が逃げ惑う中で、近くを通る男の襟首を捕まえ、何とか秩序を取り戻そうと無駄な努力をしている。


「ちょっと待ってろ」


突然、スイベリーが俺の脇から駆け出し、乞食の人混みの中をすいすいとくぐり抜けて指示を出していた男のところに辿り着いた。と見るや、男が宙に舞った。

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