第401話 マッチポンプ

「今頃、親方達は、どこかの酒場で大声で相談してるだろうな」


「そうじゃな」


同意した後、ゴルゴゴは俺の顔を見た。


「それで、靴ギルドの他の連中に話が行くことを期待しておるのか?」


「どうかな。まあ、上手い話だと思って先に話を持ってくる親方もいるかもしれない。そうすれば、さっきの親方達の重い腰も少しは軽くなるだろうさ。親方達が、話を秘密にできれば、そうはならないと思うが」


「無理じゃな。職人はそういうことに頭が回るようにできておらん。それに、奴らも会社(ここ)の様子を見て少なからず衝撃を受けたはずじゃ。それを発散させるのに、酒の力は必要じゃろう」


そうして、会社(うち)の工房がいかに優れているか、自分達の口で宣伝してくれるわけだ。

マスメディアが存在しないこの世界で、酒場の口コミの威力は大きい。

その上、同業者の評判ほど、宣伝の信頼性を高めてくれるものはない。


「もう1、2回、説明会をするかな?」


それだけで3等街区の靴工房の職人達には、話が行き渡るだろう。


「あとは、最初の方の提携者に何らかのインセンティブを約束するといいのかもな」


「なんじゃ、そのインセンティブってのは」


「あー、有利な契約のことさ。最初の5つの工房は、1年間修理部材を安く買えるとか、優先的に仕事を回すとか、そういう約束だ。早く動けば得をする約束があれば、様子見をしている工房を動かしやすくなるだろう?」


「ゴブリンの前に腐りかけの肉を投げ出すようなものじゃな」


「酷い言い方だな。まあ、そういう話であることは否定しない。効果があると思うか?」


「慎重な者もいれば、迂闊な者もおる。だが、最初の2、3人が踏み出せば、あとは魔狼の群れのように押し寄せてくるだろうよ」


ゴルゴゴは腕を組んで、フン、と鼻を鳴らした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


見通しが明るいとなれば、提携するための体制を早急に整える必要がある。


「とりあえず、修理の記録を見せてくれるか」


ゴルゴゴに頼むと、今はゴルゴゴの助手のようなことをしているエラン少年が作業場をひっくり返して、修理記録を持ってきた。

修理記録用紙は、字が書けなくても記録が取れるように工夫してある。

羊皮紙に靴の絵が書いてあり、損傷の箇所を絵で書き加え、損傷の種類も絵文字で記せば良いようになっている。

100枚はないだろうか。意外と少ない。


「意外に少ないな」


「・・・最初の頃は、記録をとっておらんものもある。それと、大手クランの場合は懇意の革職人に持ち込んでおるのだろう」


「確かに、大手クランの冒険者ともなれば、この街だけで活動しているわけじゃないからな」


冒険者向けの守護の靴は、この街だけでなく街間商人の手を通じて、他所の街にも広まっている。

そういった冒険者達は装備のメンテのために懇意の武器屋や防具屋がいるものであるし、簡単な修理ならそちらに持ち込むだろう。

だが、靴の生産が増え、守護の靴を履く者が増えれば片手間の修理だけでは間に合わなくなる。


「まるでマッチポンプだ。だが、火をつけるからには体制も整えておかないとな」


「マッチポンプとはなんじゃ?火をつける道具か?」


思わず呟いた言葉にゴルゴゴが反応したので、慌てて口を閉じた。

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