第375話 透明性と再現性
パペリーノは問いを続ける。
「そこまでするメリットは、何でしょうか。ケンジ様が多忙で代官を遠隔地から管理したい、というだけの目的であれば、あまりに準備に手間がかかるように思います。それに、この新しい方式は、現地での抵抗や私達のような官吏の教育を考えると、大変な労力がかかるのではないでしょうか」
クラウディオも続けた。
「私も、今議論されている方式は画期的な方法であるとは思います。そして詳細な記録を取ることで教会を通じて領地管理の新しい方式を王国全体に広めたい、とのニコロ司祭のお考えがあることも存じております。ですが、その、正しいだけでは広めることが難しいとも思うのです」
「そうだな。いい指摘だ」
俺は両者の指摘に頷いてみせる。
これまでの方式と比較して、圧倒的に手間のかかる統治方式。
もちろん、俺は書類や管理項目を絞り込むことで管理の手間を最小限に抑えるつもりではあるが、新しい考え方というのは、それだけで受け入れ側にも負担になるものだ。
その負担を正当化するメリットは何なのか、と問われているのだ。
だから、こちらも端的にメリットを挙げる。
「細かく記録し、早期に課題を発見するのが、新しい方式の目指す統治の形だ。この方式の長所は2つある。透明性と再現性だ」
俺としてはできるだけ単純に説明したつもりだが、聞き慣れない言葉があったようだ。
「再現性、というのはわかります。他所の領地でも行えるように、ということですね。透明性、というのは何でしょうか?」
クラウディオが問うた。
この世界では、統治する側の説明責任、という概念が薄い。
だから、余程に納得のいかないことがなければ統治される側は文句を言わないし、文句を言っても武力で鎮圧される。
当然、統治の教育を受けた聖職者たちでも、透明性という概念の意味がわからない。
「簡単に言えば、説明できない出費をなくし全てを記録するということだ」
「なるほど」
聖職者達は納得したようだが、貴族出身のロドルフは異議を唱えた。
「志が高いことは、大変良いことだと思います。ですが、汚職や賄賂がないことを目指すというのは、現実的ではないのではないでしょうか」
「汚職や賄賂をなくすのは、二次的なことだ。本当の目的は、より大きな利益を呼びこむことにある」
「より大きな利益とは?」
ロドルフの問いに直接答えず、こちらから質問を返す。
「教会や貴族の間で、領地開発のための投資が盛んになっていることは知っているか?」
「そういった動きがあることは、実家に聞いて知っています」
ロドルフが答える。
「教会でも投資が盛んになっています。なんでも、伯爵領の文官から画期的な報告書がでてきて、上層部が積極的になっているとか・・・」
クラウディオも、教会の動きについて報告する。
「剣牙の兵団も、その手の怪物を掃討する依頼は増えています」
と、答えたのはリュックだ。
全員の顔を見回し、一呼吸置いてから言う。
「それを書いたのが、俺だ」
「なんですって?」
新人官吏達が、ぽかんと口を開けてこちらを見やるのは、ちょっとした見ものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます