第376話 報告書の余波

俺が冒険者ギルドを通じて王国上層部に提出し、教会にも流出してニコロ司祭と知己を得る契機となった報告書。

王国や教会上層部で回覧されていると聞いてはいたので、そこそこ知られているとは思っていた。

だが彼らの驚きぶりを見ると、想像よりも大事になっているしい。


「ふふん、あれを書くのに、あたしも手伝ったんだから!」


とサラが胸を張って自慢する。

最初の報告書を書いた時は、靴事業の立ち上げ期間と重なっていたので、とにかく手が足りず、報告書の作成にはサラの手も随分と借りた。

自分の手が入った報告書が評価されているのは、サラも嬉しいのだろう。


「そんなに、驚くことなのか?」


と俺は問うた。口をぽかんと開けるほど驚いている連中が、何に驚いているのか気になったからだ。


「あ、当たり前じゃないですか!あの報告書、今では、上層部に厳重に管理されて、神告の書とか天啓の書なんて呼ばれてるんですよ!私も遠くから見ることしかできませんでしたが、金銀で装飾された有り難い表紙の本でした。その上、魔術で保護された特別な区画に納められているんですから!」


しばらくの自失から立ち直ったクラウディオが早口でまくしたてた。


「なんだ、それ」


今度は、俺が口をぽかんと開ける番だった。

俺が報告書を出した時は、そのへんの板切れを表紙にしていたはずだ。

ギルド担当者のウルバノに、適当に表紙を入れ替えるように頼んではおいたが・・・。

そんな俺に、パペリーノが説明を続ける。


「私も、直接、内容を読んだことはありません。ただ、教会の上層部には凄い勢いで回覧され、写本されているそうです。その本には人類社会を救うための予言が書かれており、その予言に従うことで、この世界を怪物から人間に取り戻すことができるとか・・・」


横から貴族出身のロドルフも口を挟む。


「私も、実家で噂を聞いたことがあります。その本を手に入れることができれば、たちまち財産を増やすことが可能になるとか、先に手に入れた伯爵家は、一夜にして財産を倍にしたとか・・・」


他のメンバーからも、似たような話を聞かされる。

どうやら、上層部ではとんだベストセラーになっていたようだ。

俺の方には、一銭も印税が入ってきていないのだが。


と、同時に理解した。


俺が書いた報告書は、おそらく、この世界で初めてのビジネス書、だったのだ。


冒険者を支援するためには、冒険者の実態を把握し、彼らを保護し活用することで王国は経済成長をすることができる、という政策方針を掲げ、それを把握するための数値、改善すべき点、見込まれる経済成長、などを自重せず一通り書き上げた記憶がある。


当初、その意味が理解できたのはニコロ司祭のような、ごく一部の切れ者だけだったのが、ここに来てだんだんと効用が知られ始めているらしい。


元の世界で、書店の大きな区画を占めていた様々なビジネス書は、競争によって内容、理解しやすさなどが高度に洗練されている。

当然、それを読んでいた俺は、同じ形式で報告書も書いたわけだが。


出版文化が未成熟なところに持ち込まれた、世界初のビジネス書。

内容がわかりやすく、数字で示された説得力、うまくすれば財産を増やすことができるとの未来図。


ベストセラーになるはずだ。


今後持ち込まれるトラブルを想い、俺は天を仰いだ。

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