第368話 机上の空論

現場では何が起きているか。文官としてある程度の経験を積んだ彼らなら、帳簿から事実を知っているはずである。

だから、聖職者達は答えられない。建前としては、税は半分ということになっている。


しかし、実際には領主によって賦役のような労力を供出する税に加えて、人頭税や竈税などを取っている領地も多い。そして、領地から税を多く絞りとった代官ほど有能だ、とする風潮がある。


「そうだ。事実は違う。収穫物からの税が半分であったとしても、その他の帳簿に出てこない税がある。それらを全て洗い出して、実際には何が起きているのかを把握してこそ、領民の本当の税負担が計算できる。


そのために、指標という考え方を応用してみよう。収穫を金銭に換算して、人頭税や竈税、賦役の労働も金銭に換算する。そうすると、収穫に対する実質的な税の割合が計算できる。それは、徴税における正義が行われているか評価することに繋がるとは思わないか?」


「税の適正評価が正義の評価・・・信仰と法によらず、数字で評価するというのですか」


「そうだ。半分、つまり全体を100とした時の50を税とすることが正義なら、今は60なのか65なのか把握できたらいいと思わないか。65だったものを50に出来なくても、翌年に60にできたら、それは正義を行っているとは言えないか」


「それは法律が守られていない現実を追認することになりませんか」


「ふむ」


正義と現実、という抽象的なテーマで議論を続けると、神学論争という名の空中戦、いわゆる水掛け論になりかねないので、議論の方向を変える。


異なる立場で議論をする際、議論に慣れていないと坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理屈で、相手の意見や人格の全てを否定してしまいたくなる。

そうなれば生産的な議論は終わりだ。


有意義な議論にするコツは、違いを明らかにするために、同意できる部分は何か、ということを面倒くさがらず丁寧に詰めていく前提作業が必要となる。


議論の形式に関する手本を見せるという意味もあるので、周囲に意図を説明する。


「今までの議論で、我々2人の立場が違っていることは理解できたと思う。これから、議論が拡散しないようにするために、何については同意できるか確認しようと思う。異議はあるかな?」


「ありません。必要な行為だと思います」


パペリーノの同意を得られたので、同意できる点を確認していく。


「では。まず、税について法律が守られていない現実がある。そこには同意できるか?」


「同意します」


「その現実は改善すべきだと思うか。そこには同意できるか?」


「同意します」


「税における正義は100のうち50が税とすべきだ、という数値には同意できるか?」


「同意します」


「すると、我々の立場の相違は現実の税が、どれだけの負担を農民に強いているか。その割合をどのように把握し、管理すべき要項として表現するか。その技術的相違に過ぎない。それには、同意できるか?」


「・・・同意します」


パペリーノは真っ白になるほど強く唇を噛んでいる。


「農民に課せられた徴税記録に表れない負担を、何をもって表現すべきと思うか」


「・・・理屈で考えれば、金銭、あるいは穀物によるものが適切だと思います。たしかにそうなります。それでは、私が教会で学んできたことは、誤りだったのでしょうか?」


パペリーノの叫ぶような主張に対して、応える。


「いや。誤りなどない。単に、以前の方法には改善すべき課題があった。だから、これからは改善した方法を考えて採用する。それだけだ。正解と不正解があるわけじゃない。勝ち負けを競っているわけではないんだ」


パペリーノは、言葉を反芻するように暫く目を閉じていたが、ゆっくりと目を開くと丁寧な言葉で話しだした。


「・・・・それでも、私の見識が誤っておりました。以降、姿勢を入替えて臨みたく思います。今後とも、お見捨てなきよう、よろしくお願い申し上げます」


そう言うと、パペリーノとクラウディオの2人の聖職者は、頭が床につくのではないかと思うほど、深々とお辞儀をした。

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