第369話 領地の統治はパンづくり
やれやれ。ようやくこれで議論を続けられるか。
そう思っていると、聖職者たちとのやり取りを聞いていた残りの新人官吏達から「何を言っていたのか、わからなかった」との声が上がった。
確認のためにサラの顔を見ると
「なんか難しい!大事なこと言ってる気もしたけど、よくわからなかった!」
とのこと。
たしかに、すこしばかり理屈っぽい話だったかもしれない。
「そうだな。いつものように、パン作りで例えてみるか」
サラ以外の官吏達は、パンづくりってなんのことだ、という顔をしていたので、少し詳しく説明する。
「領地を素晴らしいものにすることは、完璧に美味しいパンを作りあげるのに似たところがある。
今、我々は良いパン職人になるために、どうやったら美味しいパンを焼けるか議論していた、と思って欲しい。
ここまではいいか?」
小難しい領地経営の話が、庶民的なパンづくりという話に例えられたことに戸惑う様子を見せていたが、一応うなずいてくれたので、例え話を続ける。
「さて、美味しいパンとは何か。それだけを議論していると人の好みは様々、という議論になってしまう。だから、最初に美味しいパンとは何か、という基準を作ろうという話をした」
と、統治理念の話を、パンの美味しさとは何か、と言い換える。
「うん、そういう話なら分かる」
サラと、残りの連中も頷いたのを確認して続ける。
「それで、人に食べてもらえて美味しいと言ってもらえれば、完璧に美味しいパンということにしよう、という基準を作った。
そこで、2つの立場に分かれていることを確認した。一方は、パンの神様みたいな人がいるとして、その人に美味しい、と言わせれば完璧に美味しいということにしようという立場。簡単に言えば、パンの神様にパンを捧げる立場だ。
もう一方は、世の中のほとんどの人に美味しい、と言わせれば完璧に美味しいということにしようという立場。簡単に言えば、人間にパンを食べてもらう立場だ。
2つの立場があることは理解できたか?」
法という神と信仰に基準を置く立場と、人間の活動に基準を置いて数字で考える立場の差をざっくりと例える。
神様は数えられないが、人間は数えられる。
その差が理解できれば、その先も理解できる。
「神様が美味しいパンと、人間全部が美味しいパンね、わかる」
あっさりとサラは頷く。やはりパンが絡んでいると理解力が違う。
「どちらも美味しいパンを作るわけだが、修行方法には違いがある。それで、どちらが効果的に、素早く美味しいパンを作ることができるようになるか、その方法を議論していたわけだ。
神様が美味しいパンを作る修行は過酷だ。毎日毎日工夫して、パン職人の神様に食べてもらう。
でも、毎日美味しくない!駄目だ!って言われ続ける。でもめげずに修行する道」
「厳しそうね。それにパンがもったいない!」
「人間全部に美味しいパンを作る修行は、パンの味があまりわからない人や、お腹の空いた人に最初に食べてもらう。美味しいと言ってもらえたら、もう少し味に厳しい人に食べてもらう。そこでも美味しいと言ってもらえたら、次の人に、という繰り返す修行だ」
「あたし、そっちの方がいいなあ。パンも一杯食べられそうだし」
「そう。一回ごとに美味しいか美味しくないか、食べる人の顔を見て、声を聞きながら作ったほうが、早くパンを美味しく作れるようになるはず、そういう考え方だ。そして、こちらの方法を領地では採用することにした」
「つまり、良い領地という美味しいパンを作るために、パン職人たる我々は、パンを食べる人々である領地の人の顔を見て、声を聞かなければならない。
そして、パン作りで小麦粉や水の量を測り、生地を捏ねる回数を記録するように、領地を管理すべき指標をつくり記録し、他所の領地で支店を出しても美味しいパンを作り上げられるように、良い領地をつくりあげる方法論を作り上げて、まとめようとしているわけだ」
「お役人様になれって言われて、あんまり自信がなかったけど、パン職人になれっていうことなら、やれる気がしてきた!」
とサラは目を輝かせて笑みを浮かべた。
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