第355話 調査準備

ニコロ司祭が派遣してくるぐらいだから、聖職者の彼らも優秀な若手なのだろう。


ただ、教会という出世競争の激しい組織の中で、幼い時から出世街道の真ん中を走っている弊害として、教会内の組織の価値観を、そのまま世間の価値観と疑いなく受け入れている向きがある。

少なくとも、前回教育した助祭達はそうだった。


今回は、そういった誤解を解きほぐすために、価値観の違う者達と最初からチームを組んでもらう。


「まずは、簡単にお互いを自己紹介してください」


ここでも聖職者の2人は躓いた。会社の職人と並んで、うまく自分のことを説明できないようだ。

元冒険者のサラや、兵団から来た2人は、何れも上手くこなしている。

冒険者は、短時間で自分が何者で何ができるのか、説明する能力に長けている。

臨時のパーティーを組む機会も多いし、その際には短時間で自己紹介する必要があるからだ。

自己紹介の下手人間は、余程の腕や評判がないと、冒険者として食っていくことができない。


このあたりで、聖職者の2人は何だか勝手が違う、と焦りだしたようだ。

殊更に意地悪なことをしているわけではないが、人には得手不得手があり、教会の外で通用しない価値観や技能がある、という当たり前の事実を体感している最中に違いない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「私達は、これから教会から受領した領地に代官として赴任するわけですが、現地の正確な資料が手元にありません」


そう説明すると、サラをのぞく5人が驚いて声をあげた。


「そんなはずはありません!今回の領地は教会領ですから、喜捨に関する記録があるはずです!」


と聖職者のパペリーノが言うのにつづき、


「そうです。徴税関係の数字は誤魔化しが聞きませんから、帳簿を調べられるはずです」


と、兵団から来たリュックという青年が付け加える。確か、商家出身だったか。

この2人は数字に強そうだな、と意識にとめておく。


「2人の言うとおりです。記録は手元にありませんが、どこかにあります。ただ、それはこちらで請求しないと出てきません。また、単純に請求するだけでは、本当に正確な数値は出てこないでしょう」


と、まずは肯定した上で注意する。


「ですから、まずは資料を集めるところから仕事を始めます。どんな資料を集めるべきか。どこに資料があるのか。その資料が正しいと証明する根拠は何か。資料を補完する証言はないか。そういった調査活動の計画を立ててください。3日後に成果を聞きます。チーム内で、しっかり話し合ってください。質問はいつでも受け付けます」


一度でも調査活動をしたことがあれば分かることだが、求めている資料そのものがあることは殆ど無い。

だから、一体何を知るべきか、という問いを立てることが重要になる。

その問いさえしっかりとしていれば、様々なアプローチで迫ることが可能になる。


まずは調査が困難であるという事実にぶち当たり、その上で、どんな知的柔軟性を示してくれるだろうか。

最初からハードルは高いかもしれないが、そのあたりを彼らには期待している。

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