第341話 招待状
「これは、招待状ですね。それも貴族様や重要な人物に向けたものです」
キリクに呼んできてもらった若い代書屋は、呼出状を一読すると、さらりと言った。
この際、無学と思われて良いので聞いてみることにする。
「日程が書いていないように見えるんだが、どう返事したら良いんだ?」
「ああ、それはここに書いてありますよ。月の傾きが神の右頬に真似ぶ頃、とありますから7日後のことですね」
「・・・それで、指定したことになるのか」
「そのあたりで教養が問われるわけですね。神書に、そういった内容の寓話があるそうです。それで、返事ですが、少し格(ランク)を落とした羊皮紙を使用すると良いと思います。文字の書式は伝統的なラサン朝方式ですから、同様にラサン朝方式にして、それと周囲の模様は季節の植物を模して歓迎の意を表しています。ですから、こちらは・・・」
と、代書屋による講義は続き、日時の指定に使われる代表的な寓話、返信に使用する羊皮紙の格や種類、文字の方式、羊皮紙の装飾に使用される模様の意味などについて、いろいろと教えてもらった。
そうして理解できたのは
「これは、専門家に任せたほうがいいな・・・」
ということだった。
元の世界のカジュアルなメールや手紙の文化に慣れた身からすると奇異に映るが、貴族や聖職者の上流階級にとって、手紙とは政治の一部なのだ。
一通の手紙の失策が、政治的立場を失うことにも繋がる。
元の世界でも、ある有名な神社が陛下への奉書の宛名を誤ったことで大問題になった、とのニュースを聞いたことがある。
その恐ろしさを垣間見る心地がした。
「返事は、どうしますか?」
と代書屋が聞いてくる。
「どうするも何も、なあ」
こちらに拒否する権利などない。
せめて、招待状に、もう少し条件が書いてあれば良いのだが。
こちらは、どんな格好をしていくべきか。
招待された先で食事は出るのか。酒は出るのか。
同席者、同伴者は認められるのか。護衛を連れていくことはできるのか。
ニコロ司祭に呼び出されたことはあっても、それはあくまで私事の範囲。
庶民に儀礼などは要求されることはなかった。
「小団長を出世させようとしてるんじゃねえですかね」
というのが、キリクの意見だった。
「出世?」
意外な視点からの意見に、俺はキリクに向き直った。
「兵団(うち)の団長にもあったんですがね。ある程度、手柄を立てたり有名になったりすると、その手の祝宴(パーティー)に呼ばれるんですよ。平民なんで、あくまで珍獣扱いの顔見世ですがね。そこでうまくすると、貴族様達の縁故(コネ)ができるわけです。貴族様だって、重要な仕事を任せようと思ったら顔を見たいものですからね」
つまりは、それの聖職者版か。
ニコロ司祭の懐刀として顔を売り、派閥の人間としてアピールしようということか。
「俺は、出世などしたくないんだが・・・」
冒険者の支援で靴を作ったり、冊子を作ったりするだけで十分豊かに暮らしていけるし、それでいい。
なまじ出世などしても厄介事の匂いしかしないし、ジルボアのように社交でうまくやれるとも思えない。
「それで、返事はどうしましょうか?」
こちらの葛藤に構うことなくマイペースで聞いてくる代書屋の顔に、わけもなく苛立ちを覚えた。
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