第321話 冒険者の冒険者による冒険者のための
「冒険者に、絵など描けるのですか?」
ミケリーノ助祭は疑いの声を上げる。
「今は、描けないと思います」
俺もミケリーノ助祭の意見に頷く。
冒険者になろうというものは、大半が農村から食い詰めて都市に流れ込んできた者たちだ。
絵を描くという教養や教育を受けているはずがない。
「ですから、育成なのです。特別なことをする必要はありません。教会としては支援者(スポンサー)として、良い絵には出自に関わらず適切な報酬を払う、とするだけで良いのです」
「ケンジさんが、そこまで冒険者に肩入れするのは、やはり冒険者を贔屓する感情があるからですか?」
「否定はしません。私以外に、冒険者を贔屓する人間は少ないようですからね」
そう苦笑しつつも、つけ加えた。
「という面もありますが、怪物と相対する機会が一番多いのは冒険者ですし、間近で観察する機会が一番多いのも冒険者です。そして、怪物の絵を元にした情報の必要度が一番高いのも冒険者なのですから、冒険者が怪物の絵を描くのが一番、自然なことに思えるのです」
「怪物の専門家である冒険者に絵を描かせる。確かに、それが自然ではあるかもしれません」
「男爵様と同道して実感したのですが、冒険者の活動場所は人里離れた地域が多く、普通の絵描きでは同道できません。何より、危険すぎます。絵描きを冒険者に育てるよりも、冒険者に絵を描かせた方が、結果的に育成は早く進むと思うのです。絵描きで冒険者になろうと考える変わり者は稀でしょうが、冒険者が仕事のついでに絵を描くことは、ありそうなことですから」
「なるほど。ですが、それは今のところ予測に過ぎませんね」
ミケリーノ助祭が、俺の先走りに釘を刺す。
その点は彼の言う通りなので
「そうですね。ただの予測です」
と、冒険者を絵描きにする構想については、一旦、脇に置く。
いっそのこと、俺の方で冒険者向けに絵の講習会を企画してもいい。
だがそれは、先のことだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もう一つ、この冊子制作を一過性のプロジェクトに終わらせないために、協力を取り付けたいことがあった。
「それと、印刷事業については、教会には協力を依頼したいことがあるのです」
「というのは?」
ミケリーノ助祭の問い返す声音に用心する響きがある。
ここまでいろいろと無茶を言っているから、用心されるのもわかるが、教会にも利益になる話のはずだ
「こちらの怪物の絵が印刷された羊皮紙には、怪物の名前、生態、弱点などの情報を随時、掲載したいと考えています。ですが、情報は刻々と変わるもの、印刷には不向きなのです」
ここまで言うと、察しの良いミケリーノ助祭には話が通じたようだ。
「なるほど、話が見えてきました。確かに書籍の筆写は、教会の若手聖職者達にとって、貴重な収入となっています。ケンジさんが提供する仕事に喜んで協力する者も多いでしょう」
「はい。絵はこちらで印刷します。そして、文章は教会の方にお願いします」
俺がサラの言うところの、悪い顔、をして依頼すると
「そうやって、冊子の制作を教会との共同事業にしよう、というのですね!まったく、あなたときたら!」
とミケリーノ助祭は、今日、何度目になるかわからない呆れの混じった声を上げた。
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