第320話 新しい描き手
だが、結論はすぐには出なかった。
「その利権、ですが。よくわかりません。絵を保護することが、なぜ利益になるのですか。絵は買い取った人のモノに思えますが、重ねて報酬を払う意味はどこにあるのでしょうか。もう一度説明をしてもらえますか。ケンジさんが重要なことを仰っているのはわかりますが、ニコロ司祭に説明できる気がしません。」
ミケリーノ助祭から指摘を受けて、俺は説明が先走りすぎていたことに気がついた。
たしかに、これまでの教会に納品された絵と、銅版画は性質が全く違う。
そこから説明しなければならない。
「この銅版画ですが」
サラに合図をして、数枚の羊皮紙を取り出す。
「このように、10枚でも100枚でも、同じ水準の絵を印刷することができます」
取り出した数枚の羊皮紙には男爵様の手による精細な魔狼の絵が、全く同じ絵、構図で印刷されている。
「これは・・・疑っていたわけではありませんが、見事なものですね」
「はい。そして、そこが問題になるのです。普通の絵を増やすことはできませんが、この素晴らしい絵は少ない手間で幾らでも増やすことができます。私は、この版画を1000の冊子に載せるつもりです。それだけでも、この絵の価値は普通の絵画と同じように説明できないことは、ご理解いただけると思いますが」
俺が版画の拡張性について強調すると、ミケリーノ助祭は理解を示したが、同時に疑念が拭えないようだった。
「なるほど、確かに教会に置かれる絵画は1つだけですから、報酬の払い方は違ってくるのも道理かもしれません。ですが、失礼ながら男爵様は大層な財産家でいらっしゃるはずです。報酬を目当てにされていることとは思えませんが?」
「その通りです。描き手が男爵様だけであれば、報酬は必要ないでしょう。署名が書かれていることでもおわかりのように、男爵様は名誉を求めていらっしゃいます」
「でしたら・・・」
理屈で拗れそうなときは、事実を元に論理を組み立てるのがいい。
俺は攻め口を変えることにした。
「男爵様が、どのように題材を描かれたか、想像はつきますか」
「それは、冒険者などに怪物の屍体を運ばせたのでは?」
「いいえ。男爵様は、ご自分で冒険者を雇い、街の外まで同道し、間近で怪物を観察して絵を描かれました。それ故、絵にそれだけの迫力が出たのだと思います」
「男爵家の当主が、冒険者と街の外にでて怪物を狩ったのですか?」
ミケリーノ助祭は、三度(みたび)呆れた声を上げた。
今日は、ミケリーノ助祭の常識という琴線に触れる回数が多い日らしい。
「ええ生け捕りにして間近で観察されました。私も同道しましたので、確かです」
「なんというか、まあ・・・」
「今回の依頼は近場の農村でしたので、ゴブリンと魔狼だけでしたが、次回は人喰巨人(オーガ)を狙うそうです」
「人喰巨人(オーガ)を!!正気ですか?いえ、それ以前に、そんなことが可能なのですか?」
「可能です。この街でも一番の腕利きが方策を検討しています。数ヶ月のうちに、成果がでるでしょう」
「それは、剣牙の兵団であれば、それは可能なのでしょうが・・・あまりに無謀です」
「私も、そう考えます。男爵様は確かに優れた描き手ですが、それでも貴族家の当主でいらっしゃいます。人喰巨人以上の怪物退治に同道することは難しいでしょう。ですから、私は別の書き手を育てたい。そして、それは冒険者の仕事だと思うのです」
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