第309話 冒険者の靴だけでは満足できないのか

生きた怪物の観察という長年の夢が思いもかけない形で実現し、大興奮の男爵様を街まで送り届けて数日後、アンヌを通じて後日、屋敷のアトリエを訪れるよう、呼び出しがあった。


「なんだか、ずいぶん気に入られたみたいね。男爵様ったら、すっかりご機嫌で、アトリエで気味の悪い絵ばかり描いているわよ」


とは、伝言を届けてくれたアンヌの言葉だ。

男爵様の絵は素描段階でしか見ていないが、この世界の流行りからすると、とことん写実に寄った絵であろうから、貴族趣味のアンヌからすると、気味の悪い、としか評価のしようがないのかもしれない。


「それで、どうするの?いつ行くの?」


アンヌの声に男爵邸への訪問を急かす響きがあるのは、靴制作の進捗への悪影響を懸念しているからだろう。

俺としても否やはない。


「行くさ、なるべく早く」


その答えに満足したのか、急ぎ足で会社から去る際に、アンヌが何気なく付け加えた。


「あ、それと来るときは団長さんも一緒にね。あなたから声をかけておいて。男爵様ったら、団長さんも気に入ったみたいよ。いい年した男が集まって、いったい何をしてるんだか」


俺としては冒険者への依頼方法と、冒険者の依頼成功率を劇的に向上させる事業の種を撒いているつもりなのだが、今すぐの現金が見えるわけではないので、拝金者(アンヌ)からすると、遊んでいるように見えるのかもしれない。

そういえば、前回アトリエで男爵様と茶を飲んでいる時の、女性陣の反応は冷たかった。


念のため、サラに行くかどうか尋ねると「今回はいい」という答えが返ってきた。

なぜだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ちょうど良い機会なので、剣牙の兵団の事務所でジルボアと事前に話をすることにする。

ジルボアの目論見についても知りたかったからだ。

ジルボアとしても、俺と話し合う必要性を感じていたのか、予約はなかったがあっさりと会うことができた。


「あの男爵様は面白いな。あの御人のアトリエとやらでは、もっと面白そうなことが見られそうだ」


とジルボアは男爵様を評した。

この男が人を指して面白い、と表することは珍しい。

当然、この男のことだから面白いだけではなく、その奥には計算があるのだろうが。

駆け引きが面倒くさくなってきたので、とりあえず真正面から疑問をぶつけてみることにした。


「それで男爵様の事業に協力する、という話だが何をどう協力するつもりなんだ?剣牙の兵団にとって何か得なことがあるのか?」


ジルボアは俺の顔を面白そうに数秒眺めた後で、その意図を説明してくれた。


「剣牙の兵団(うち)には当然、利得がある。男爵様の描く絵があれば、怪物の討伐が容易になるし、訓練にも役立つ。兵団を大きくしようと思えば、実戦経験のない新人も育てなければならないしな。予め怪物の姿、行動、弱点を知っているか知らないかで、まるで効率が違う」


怪物に関する情報は力だ。ジルボアぐらい、そのことを理解し、実践している冒険者のクランは少ないのではあるまいか。

俺は今まで剣牙の兵団の戦い方は、怪物と正面から退治して叩き潰すものだとばかり思っていたが、先日のゴブリン狩りを見て、その考えの誤りを気付かされた。

剣牙の兵団はゴブリンの生態を知り、それを利用することで、ほとんど戦闘することなくゴブリンの群れを無力化してしまった。

怪物を知ることで、怪物をより効率よく討伐できる。

それが、ジルボアの考える、男爵様の事業に協力する意味なのだろう。


考えに沈む俺に、ジルボアが問い返してきた。


「それで、お前の協力する意味はなんだ?靴だけでは満足できないのか?」

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