第291話 絵を書こう
サラの疑惑を目を受けつつ、冊子のアイディアについて詰めていく。
「あとは、絵だな。絵が描ける人間が欲しい」
「どうして?」
「なぜって、農民は字が読めない人も多いだろ?教会の司祭様は字が読めるかもしれないが、自分達の生活がかかる話なんだから、内容は知りたいじゃないか。冒険者に払う報酬の負担次第では、翌年以降の税金が重くなることだってある。司祭様だって、そのあたりの判断がつかない場合は、村の主な人間で決をとったりするんじゃないか?」
「・・・・そうなるかもしれないわね」
この世界で農民の識字率は高くない。だが、それは知識の不足であっても知能の不足を意味しない。
農民達だって、自分達の暮らしのことを自分達で判断したいだろう。
であれば、最大限、情報がきちんと伝えられる仕組みを整えるべきだ。
費用負担へ総意と納得があってこそ、依頼を果たしに来た冒険者も歓迎されるようになるだろう。
「だけど、絵ってどう描くの?誰かかける人なんているの?」
と、サラに言われて、俺は困惑した。
別に求めている絵のレベルは高くない。ゴブリンやオーガの立ち姿を描ければいいのだから、それぐらい描ける人間は、どこにだっていそうじゃないか。
「そんなの、冒険者ギルドで依頼すれば、誰か描ける奴がいるんじゃないのか?」
「バカね、絵が書けるようなお金持ちが冒険者ギルドにいるわけないでしょ?」
そうサラに否定されて、俺は少し違和感を感じた。
「あれ?サラだって絵が描けない?例えば、こんな感じに」
そう言って、手元にあった炭棒で、板にサラサラとゴブリンの姿絵を描いてみせた。
それほど絵は得意な方ではないが、おおよその下書きぐらいはできる。
それを見て、サラは
「へー・・・やっぱり、ケンジって大したものね」
と、ものすごく大げさに感心している。
俺としては、先の支払いの仕組みを考案した方を褒めて欲しかったのだが、視覚的にわかりやすい絵を描く技能の方が、サラにとっては大したことのようだ。
「ひょっとして、絵を描ける人って、少ないかな?」
「あたしの知り合いには、いないわね」
考えてみれば当然のことで、この世界では筆記用具も高価なら、紙も、それに輪をかけて高価である上に、美術教育もないので、余程の階級に触れないかぎり、絵に触れる機会そのものも少ない。
まして、絵を描くような訓練を積んだ人間が、そのあたりにゴロゴロしていた元の世界とは、全く事情が異なるのだ。
「これは、誤算だったな・・・」
たかが小冊子を作ろうとするだけでも、次から次へと課題が出てくる。
それが新しいことを始めるということだけれども、たまには何事も無く進められてもいいのに、と思わずにはいられなかった。
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