第290話 現金払いをなくそう
「でも、冒険者ギルドに依頼するなら、現金で払うのが普通でしょ?」
と、サラが言う。
冒険者に依頼をするなら、現金でというのが、ルールである。
なぜなら、冒険者は街に係累や拠点を持たず信用もなければ保証もない。なので、冒険者が街で暮らすためには必ず現金が必要だからだ。
今の俺は、靴工房という土地と事業があり、教会などの信用ある取引先があり、帳簿もしっかりとつけているので取引先とは月に1回精算するだけで済む。もっとも、最初のうちは取引ごとの現金決済だったわけだが、段々と間隔が伸びてきたわけだ。それが信用ということだ。
冒険者の場合、いつ街から去るかもわからないし、依頼の途中で死んでしまうかもしれない。そこまでいかなくとも、怪我で引退し収入が激減するかもしれない。取引先からすると、リスクが高すぎて現金以外では取引できないのだ。
もちろん、剣牙の兵団ほどの規模を持つようになれば別だ。
あれだけの腕と評判があれば、信用もある。副団長のスイベリーは、大商人の娘と結婚している。
だから、金を貸す商人はいくらでもいるし、剣牙の兵団に所属している、というだけで手元に現金がなくても信用取引もできる。
若い冒険者達が剣牙の兵団という一流クランに入団したがる動機には、信用という社会的地位が付随してくる、という面も強い。
そのため、冒険者ギルドは冒険者への支払い用に大量の現金を常に抱えている。
だが、出て行くばかりでは経営が成り立たないので、依頼者にも現金払いを求める。
冒険者への依頼は、一期一会の依頼が多いので、そうならざるを得ないわけだ。
その仕組に穴を開けようと言うのだから、元冒険者であるサラからすると、世の中のルールを破る暴挙にも映っても仕方がないだろう。
「だけど、農村には現金がない。それは、サラも知ってるだろ?」
農民が農村で暮らしている限り、生活で必要な場面は少ない。
流通の貧弱なこの世界で、農村は基本的に自律した生活圏として回っているし、農村内であれば人間関係の延長として貸し借りで取引が行われる。税金についても、基本的には物納である。外部から行商人が来る時に備えて現金を多少は持っているが、それも富裕な農家に限られたことだ。
だから、冒険者に依頼するときは村長などの富裕な農家が立替払いを行い、その現金を握りしめて村の男が街まで走ることになる。
「でも、お金がないのは村の教会も一緒でしょ?」
とサラは反論する。
確かに、村の教会にも現金はほとんど置いていない。
村人とは別の理由で、教会の聖職者も農村内で暮らす限り、現金を消費しないからだ。
生活必需品は基本的に教会から支給されるし、教会の建物を修理したりする労役は村人が自主的に果たしてくれる。
だから、現金は村の教会もほとんど持っていない。
「だけど、中央の教会は莫大な現金を持っているし、村の教会にも信用がある。教会の司祭様が払う、と言ったら踏み倒したりしないだろう?」
「そりゃあ、そうよ。だって、司祭様だもの」
と、サラは、なぜか俺を咎めるように言う。
「それが、信用、ってものだよ。だから農村の教会に立替え払いをしたことにしてもらって、冒険者ギルドには中央の教会から現金を払う。そうすれば、村人に現金を運んでもらわなくいいから、安全だろ?それで、教会は安全に運んであげた分の手数料も貰える。冒険者ギルドはお金を必ず受け取れる。村人は危険が減る。全員が幸せになれるじゃないか」
と、俺は仕組みを説明したのだが、サラには何だか胡散臭いものを見る目で見られてしまった。
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