第280話 破落戸ですな

しばらくして相談も終わったのか、件の司祭が近づいてきた。

背は低くずんぐりとした体形は肥満しているというよりも筋肉で堅太りしているように見える。

剣牙の兵団の剣盾兵によくいるタイプだ。年齢は40を過ぎているだろうか。

太い眉とクリクリとよく動く大きな目になんとも言えない愛嬌を感じる。


「お忙しいところすみません。私どもはセリオ司祭様からご紹介を受けまして、訪問させていただきました、ケンジと申します」


そう挨拶すると


「おおう、あのセリオ司祭様から。ああ、私はバスケスといいます。どうぞどうぞ。よく来てくださった」


と力強い握手を交わした後で、手ずから椅子を引いて集会所の椅子に座るよう勧めると、せかせかと自分の椅子も持ってきて、さっと話をする場を整えてしまった。


「こちらが紹介状になります」


その忙しく動きながらもユーモラスな動きに好感を覚えつつ懐から羊皮紙を渡すと、バスケス司祭は


「どれどれ。いやいや、さすが秀才と名高いセリオ司祭。綺麗な文章を書きますなあ」


と紹介状に顔を寄せて読みつつ、大げさに頷いてみせる。


秀才めいた人物がそのような言葉を言うと嫌味に聞こえるのかもしれなかったが、この丸っこい年のいった司祭が言うと純粋に褒め言葉に聞こえるから、不思議なものだ。

とは言え、それに賛同して良いものかどうかわからないので、曖昧に返事を返すと、バスケス司祭は自分の顔の前で大きく手を振りながら、余計な気遣いは必要ない、言った。


「まったく、本当に彼のように若くて才能がある、というのは羨ましいものです。私は信仰の道に入るのが遅くてですな。聖職者の修行を始めたのは随分と年を取ってからなのです。しかしまあ、信仰の道に目覚めてしまったのだから仕方ありません。それで、体だけは丈夫なのもので、農村の教会をずうっと回りまして、去年からは、この街区の教会に異動になったのですな。土の匂いがしない教会というのは、なんだか落ち着きませんわい」


教会というものが人間が集まってできた組織である以上、そこには様々な人間がいる。

ニコロ司祭傘下の若手のように、官僚然とした人材群がいるならば、バスケス司祭のような叩き上げの兵士のような人材もいる。今さらながらに、教会という大組織が抱える人材の層の厚さに圧倒される思いがした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それから小一時間ほどかけて、こちら側の自己紹介なども交えて歓談しつつ、紹介状の内容と、訪問の目的についても説明し、バスケス司祭の意見を聞かせて欲しい、と依頼したところ、


「ふうむ。冒険者ですか。私も人のことを言えた経歴ではありませんが、農村の教会にいた頃に来た者達は、ゴロツキのような連中が多かったですな」


と、一刀両断だった。


「怖ろしい怪物を退治するために立ち寄るのですから、何かと気が立っておったのでしょうな。それに、武器を持っておるので気が大きくなっていたのかもしれませんがね。村の血の気の多い若者と、よく喧嘩沙汰を起こしてましたわい。そのたびに、仲裁に駆りだされたものです。連中が村から立ち去ってくれると、正直、ホッとしましたな」


バスケス司祭が正直に説明する、農村の教会から見た冒険者の印象の悪さに、俺は頭を抱えた。

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