第251話 1ヶ月しかない
できれば、この会合で市民達に枢機卿御用達の靴を販売する件についてもニコロ司祭から言質をとっておきたかったのだが、あの様子では無理そうだ。一旦引いてミケリーノ助祭に情報だけ入れつつ、ニコロ司祭の無茶ブリ納品をこなした報奨として要求するのがいいだろう。
とにかく、請け負ってしまったからには、確実にこなさなければならない。
これだけの大仕事である。段取りを誤ると、首が物理的に飛ぶ。
とりあえず街中の教会聖職者への足型計測に関する協力を周知する旨を依頼だけして、事務所に戻ることにする。
足早に大聖堂を去る俺達を、ミケリーノ助祭が済まなそうな顔で送り出してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事務所に戻ると、俺は適当な木切れの小片を複数用意し、それに文字を書き込み始めた。
木切れは、工房に出勤する職人の管理にも使用しているので、かなりの数がある。
不足すれば、余った薪から工房の職人が削り出してくれるので、不足することはない。
俺が一心に何を書いているのか気になるのか、サラが聞いてきた。
「ねえケンジ、何してるの?大きい仕事もらったんでしょ?早く動き出さなくていいの?」
サラも、ここ1年ばかり工房の管理を手伝い、俺がいない間は時折り管理業務を代行していたこともあって、ニコロ司祭から請け負った仕事がどれほどの仕事量なのか見当がつくようになり、そのせいで焦りがあるらしい。
そうしたサラの成長を見ることができるのは、とても心強いことではあるが、少々焦ったところでどうにもならない。
認識を合わせるために、サラに端的に状況を説明する。
「今のやり方だと、靴の製造にかけられる期間は1カ月しかない」
「ええ?だって、2カ月くれるって、司祭様は言ってたじゃない?」
「そう。納品まで、今から2カ月、と言ったんだ」
今すぐ、製造を始めて納品日まで製造することができるのならば2カ月間あるわけだが、納品のためには、製造の前工程と後工程が必要となる。
前工程としては、大量の靴を作るためには大量の原料が必要であり、靴の設計をするためには大勢の聖職者の足型調査とデータ収集が必要である。
その2つの工程を終えてからでないと、靴の製造には入れない。
そして、靴を作り終えてからも、靴だけを納品するわけにはいかない。
この開拓者の靴は、その名前に反して、聖職者向けの政治的ツールであるから、贈答品としての品質の高さが求められる。
製造の後工程として、包装は綺麗な木箱に詰め物をして入れるだけでなく、聖職者の名前やサイズを記した箱書きや、整備のための香油や靴ベラなどの小物も大量に揃える必要があるだろう。
それらの期間を単純に順番に実行すると、1カ月で300足を作る、という馬鹿げたスケジュールが算出されるのだ。
「絶対、無理!1カ月で作れるわけないじゃない!」
とサラは大声をあげた。
「そうだな、無理だな」
俺も同意する。今までのやり方では、絶対に間に合わない。
「じゃ、じゃあ、どうするの?今から戻って、司祭様に、無理です、って謝るか、もう少し期間をもらえるようにお願いするとか・・・」
と、サラは教会に戻るよう主張したが、俺は左右に首を振った。
「そっちは、もっと無理だ」
残念ながら、教会のお偉いさん達の中でスケジュールは決まってしまっている。
それを俺の都合で動かすことは不可能だ。
「それじゃあ、どうするのよお・・・」
と、サラは泣きそうになった。
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