第252話 パズルをとく
木片に字を書きこんでいた羽ペンを置くと、俺はサラに声をかけた。
「よし、できた!サラ、ゴルゴゴを呼んできてくれ」
泣きそうになっていたサラは、俺の明るい声に何かを感じたのか、黙ってゴルゴゴを呼んできてくれた。
ゴルゴゴにざっと、今回の事情と、今からやりたいことを説明すると
「わしだけでなく、全員で考えた方がいいな。こういうものは、頭数がいた方が良かろう」
と言うので、工房に移動して主な職人達を集めた。
まず、文字と絵を書いた木片を作業台の上に転がして見せる。
木片に全員の視線が集まったところで、説明を始める。
まずは現在の状況を知ってもらわなければならない。
「これから2カ月で聖職者の方たち向けに、300足の開拓者の靴を作らなければならなくなった。教会の有力者からの依頼だ。断ることも遅れることもできない」
そう言うと、それまでザワザワとしていた職人達の声が、ピタリとやんだ。
俺は、構わずに続ける。
「だが、実際の作業時間は、今のやり方だと1カ月しかないと考えている。開拓者の靴は司祭様達のための靴で、高級品だ。守護の靴と違って、ただ作ればいいわけじゃない。足のサイズを合わせ、綺麗に梱包する必要がある。それに大量の原材料も必要になる」
職人達は、息をのんでこちらを見ている。
「だが、方法はある!今から、それを説明する。そして、みんなの知恵も貸してほしい!」
そう言ってから、一連の木片を示しす。
木片には「革調達」「木箱封入」「宛名刻印」などの、仕事(タスク)と簡単な絵が描かれている。
「これが、仕事だ。今回は、司祭様の足のサイズを測ることから始める」
「それから基準の足底サイズを決めるわけだ。だから、足底の革生産は、それからじゃないとできないな」
作業台に、1週間毎の線を引き、その上に木片(タスク)を現在の仕事順に並べつつ説明する。
そうやって単純に仕事並べ始めると、明らかに2カ月をはみ出してしまう。
「どうだ?仕事の流れとしては、こんなもんか?」
元の世界で、大企業の複雑怪奇な業務フローを分析していた身からすると、この工房の仕事は全て把握できているので見落としはないと思うが、業務フローという概念を初めてみる職人達は、目を瞬かせて見ている。
「いやあ・・・合ってると思うけど、こんな風に靴を作ってたんだなあ・・・」
「さすが小団長、俺達とは学がちげえなあ・・・」
などと、関心はしてくれるものの、意見を言ってくれるわけではない。
ただ、なんとなく職人達の信頼度は上がった気がする。
「でも、この線が2カ月でしょ?ずいぶんはみ出してるじゃない?」
と指摘してくれたのはサラだ。職人達の視線が、一斉にそちらに向く。
「そうだな、この線をはみ出さないように、このパズルを解かないといけない」
業務フローなどと言っても職人達が混乱するので、敢えてパズルと表現する。
この世界にも、子供の玩具として木で作ったパズルがあることは確認済みだ。
転移したばかりの頃に、そういった玩具の生産で稼げないか、一通りリサーチはしたことがある。
「これは仕事の流れを表しているけれども、言ってみればパズルと同じだ。順番にやらないと始められない仕事もあれば、先にやってしまえる仕事もある。例えば、靴を梱包することは靴の生産が終わらないとできないが、木箱の調達は最初にできるだろう?」
そう言って、木片を一連の流れから抜き出して、前の方に移動させる。
そうすると、全体の流れが少し短くなる。
「香油の調達と靴ベラの調達も同じだ」
木片を抜き出すと、また全体が短くなる。
「木箱と香油と木片の調達が終われば、先に箱詰めをしておけるな」
箱詰めと書いた木片を2つに割って、一方を前に、反対を残す。
また全体が短くなる。
「司祭様達の足型の調査。これは冒険者に依頼して、数の力で片付けてしまおうと思う。100人を雇えば、1日で終わる」
そう言って、横に細長い形をしていた木片を縦にする。
すると、全体の流れが劇的に短くなった。
業務分析において、仕事(タスク)の大きさは人数かける日数で表される。
20人で5日かける予定の仕事も、100人でかかれば1日で終わる。
時間を金で買うことになるが、この際は時間短縮こそが命なのだ。
「こうやって、先にできる仕事、外の人に金銭で依頼できる仕事を分けていくんだ。パズルを解くのに、知恵を貸してほしい。皆も、子供の頃は、こういうので遊んだことがあるだろう?」
できるだけ気楽な雰囲気で発言できるよう笑顔で言うと、職人達は固い表情を少し緩めて頷いた。
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