第243話 高級品のマネジメント
「263足か・・・」
俺はサラが作成してくれた、仮予約表のリストを見ながら考えを巡らせていた。
「100人はいない筈じゃなかったのか?」
俺がアンヌに問うと、彼女は答えた。
「あの手のお金持ちが、1足だけ注文する筈ないでしょ?外出用、夜会用、屋内用、贈答用、いくらでも用途はあるのよ。ああ、それと観賞用、ってものあったわね」
「観賞用?靴なんか眺めて、どうするんだ?」
俺が疑問を持つと、アンヌは「呆れた」とため息を吐いた。
「あのねえ、あんたの靴は、枢機卿御用達の、ありがたい靴なの!信仰心の篤い人達だったら、自宅の礼拝所に飾っても不思議じゃないでしょ?」
俺は、その靴を飾るという行為よりも、自宅の礼拝所、という存在に衝撃を受けた。
「なんだよ、自宅の礼拝所って・・・」
「そのくらいの金持ちってことよ!」
何というか、本当に当初想定の顧客と全く違ってきている。
開拓者の靴は、名前の通り開拓に従事する者のために設計した靴だ。
教会や貴族達の間で開拓事業への投資が高まりつつあるので、それを支援するための道具として作ったわけだ。
元の世界で例えると、ゴールドラッシュに集まった作業員にジーンズを販売するようなビジネスモデルを描いてた、と言ってもいい。
だが、現在の開拓者の靴は、そういった実用的なブランドから外れ高級ブランドの道を歩んでいる。
どうも広報戦略を誤った気がしてならない。
今さら言っても仕方ないことではあるが。
「確かに心血を注いで作ったけど、これ、大銅貨1枚もしないのにな。金ってのは、あるところにはあるもんだな」
俺は、目の前に置かれた開拓者の靴をつまみ上げて言う。もちろん、枢機卿向けの靴は時間をかけて作成したので、その数倍はするが、それでも銀貨1枚を出せばお釣りがくる値段のハズだ。
「今なら、金貨1枚で売る、と言っても買い手が殺到するわよ」
というのが、アンヌの見立てだ。
貴族の懐具合を見抜く眼力に定評のある彼女のことだから、その金額に大きな違いはないだろう。
「それに、よく知らないけど枢機卿様が教会関係者にお披露目もするんでしょ?そうしたら、教会の方からも大量に注文が来るんじゃないの?」
と、アンヌが追い打ちをしてくる。
「ああ、その通りだな」
俺は、半分自棄になって頷く。
「それだって、きっと高級品になるわよね。今でさえ、これだけの価値があるんですもの。そうなったら、本当に取り合いよ?」
「そうなるだろうな」
本当に頭が痛い。教会関係者からの注文に対しては、説明会を開く、ということで大量の注文に対する時間稼ぎをしている状態に過ぎないのだ。そこに、また追加で大量注文が入って来た、という構図になる。
俺が頭を痛めているのは、製造だけの話ではない。
靴を作る、ということだけであれば、おそらく少し頑張れば注文に応えるだけの製造は可能だろう。
そうするだけの製造ラインを作って訓練もしてきたし、冒険者向けの守護の靴の製造で実績もある。
問題になるのは、実用品と高級品では、買い手の求める価値が全く異なることだ。
例えば、買い手が冒険者であれば、馬車で乗り付けて人数分の靴を置いて来れば済む。
剣牙の兵団や、その他の冒険者クランに対しては、そのようにしている。
アフターケアとしては、傷んだ靴を預かって修理する、整備用の油を売る、と言った程度で済む。
言ってみれば、売りっ放しで済む商品だ。
彼らは靴に実用品としての価値を求めているからだ。
ところが、高級品の買い手は聖職者や貴族、大商人だ。
彼らに対しては、靴だけ置いてきて売る、ということはできない。
然るべき手順で訪問し、歓談し、お世辞なども申し上げて、納品してこなければならない。
パッケージも現在のままでは不足だろう。おそらく相手の家の家紋や、季節の飾りなども添えて、神書に因んだ文句や詩歌を捧げなければならないかもしれない。
それだけの手間をかけて納品し、さらに何か呼び出しがあれば飛んで行って笑顔で迅速に対応しなければならない。
彼らが求めているのは、ブランドが象徴する体験であり、経験であるからだ。
それが、高級品を売る、ということだ。
おまけに高級品の需要は流行り廃りが大きい。
それだけのことができる体制を整えたとしても、需要が一巡したら関心がなくなってしまうかもしれない。そうなれば投資は無駄になり、守護の靴の販売に悪影響がでる可能性もある。
「むずかしいな・・・」
高級品となった自社製品を、どのように管理するのか。
頭の痛いところだ。
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