第238話 溶解

事務所は俺とサラが数日間籠りきりに暮らしていたせいで、客人を迎えられるような状態ではなくなっていたので、工房の方に迎えにでることにした。

夜なので職人達も帰宅しており、工房の中はガランとして静まり返っている。


ジルボアは珍しくスイベリーを連れてきており、他にも数人の団員が工房の出入口を固めているようだった。


工房の作業机に作業用の椅子を数脚寄せて、ちょっとした会議の空間を作ると、ジルボアはそこに座り、スイベリーは後ろに立った。

こちらも俺が座り、サラとキリクが後ろに立つ。


「それで。どうなった?」


と俺が聞くと、ジルボアは腰に佩いた剣の柄を叩いて


「片付いた」


とだけ、言った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


俺がジルボアに宛てた手紙にも書いたことだが、ジルボアも魔術師が必ず通るであろう場所について、目をつけていたのだ。


それが、1等街区の門だ。件(くだん)の魔術師は他所の街の大貴族から派遣されてきているので、この街に拠点はないはずだ。それに街中で証拠を残したり官憲に捕まったりすれば伯爵の統治権を犯す貴族間の問題となる。なので、元の世界で工作員が大使館を拠点にするように、この街の貴族の屋敷に滞在する可能性が高いと踏んだのだ。

貴族同士の結びつきは他所の街であっても強いので、貴族が旅行する際には、他の街の貴族の屋敷に滞在する、というのが普通のことであり、随員に紛れ込んでしまえば目立たない。それに大貴族お抱えの魔術師は、いい暮らしをしているそうだから、庶民の大勢いる宿屋などには滞在したくなかろう。また、高価な触媒を身に着けたり保管する防犯上の必要からも、拠点は貴族街に置くのが合理的である。

そう、予想を立てたのだ。


痕跡を残したくない暗殺者にとっての問題は、1等街区の門は厳重に警備されており、出入りが全て記録に残ることだが、その気になれば姿を消せる魔術師にとっては問題ない。門衛の眼を魔術で欺いて、その隙に出入りしてしまえば記録にも残らない。


だが、俺とジルボアは、そこに目をつけた。団員を密かに派遣して1等街区の門を出入りする人間を隠れたところから継続的に監視し、衛兵が不自然に見逃している者の記録をつけたのだ。

同じように、剣牙の兵団の事務所、革通りの入口、会社の3カ所を隠れた場所から監視して、1等街区の不自然な出入り記録と突き合わせることで不審な人物を特定し、今夜、ジルボアが自ら団員を率いて急襲し、捕縛したのだという。


「さすがだな」


俺がジルボアを賞賛すると


「なに、大銀貨5枚を忘れるなよ」


ジルボアの稼ぎからすると、何でもない額だろうから、これは冗談だ。

俺は頷いてから聞いた。


「ところで、その不審人物は、どうした。背後はわかりそうか」


「とけた」


「は?」


俺はジルボアの答えが理解できなくて、素で聞き返してしまった。

なんと言ったんだ?


「剣で殴り倒して気絶させて、体中を検査して魔術の触媒なんかを取り上げて、おまけに猿轡もしておいたのだがな。水をぶっかけて、目を覚まさせて尋問をしようとしたら、衣服の内側から気持ちの悪い赤い煙がでてきて、泡を立てて溶けだしてしまった。酷い臭いだったよ」


「・・・逃げたのか?」


「いや、骨は残ったから違うだろうな。自決だろう」


ジルボアはその凄惨な光景を思い出したのか、珍しく眉をひそめていた。


こうして俺は、数日ぶりに穴倉生活から解放されることになった。

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