第237話 籠城

それから数日間、冒険者達は懸命に街を捜索してくれたが、はかばかしい成果はあがらなかった。

件の魔術師も警戒を強めた会社(うち)に近付けないでいるのか、革通りの連中からも、特に情報はあがってこない。

手を出しかねて、どこかで様子を伺っているのだろう。


魔術師が捕まらないので、当然、俺は事務所から出してもらえない。

窓を閉め切った事務所で、入口は剣牙の兵団の護衛2名が固められる中で寝起きし、ときどき、棒を振り回して誰もいないことを確認する。


書類仕事はたまっていたので、この際に片付けようと机に向かったのはいいが、ランタンの灯りだけでは何ともやりにくい。職人達の作業音が朝になると聞こえてきて、夕方になると途絶えるのが壁越しに聞こえているので、昼夜の感覚はあるが、暗闇の中にいるのは、だんだんと気が滅入って来る。地下迷宮に潜り続けたり、冬季の冬籠りをしている気分だ。まあ、それよりは格段に環境はいいわけだが。


「サラ、お前は外に出てもいいんだぞ。あんまり部屋に籠りきりなのは、体に悪いぞ」


事務所には俺だけでなく、サラもずっと籠っている。俺に付き合って体調を悪くする必要はないので、そう言ったのだが、サラは首を振って否定する。


「ケンジに、どんな魔術がかかってるかわかんないんだから。放っておくわけにいかないでしょ」


そう言って、離れない。


「そうは言ってもなあ。俺が魔術で操られて、お前に危害を加えたりしたら、どうするつもりなんだ」


と、脅してみたのだが


「そのときは、そのときよ」


と言って取り合わない。


正直なところ、俺に魔術がかかり続けている可能性は低いと思う。

あの時、俺には認知を歪ませる類の魔術がかけれられていたのだと思うのだが、その他の魔術を同時にかける時間的余裕も、必要も魔術師にはなかったはずだ。


高度な魔術の行使には高価な触媒が必要であるから、魔術師は必要最小限の魔術で目的を遂げようとする傾向がある、と、思う。だから、複数の魔術はかけられていない、はずだ。

ただ、これは貧乏な冒険者の魔術師を見ていての話であるし、大貴族に雇われる腕利きの魔術師は、また違った理屈で動いているのかもしれない。

だが、俺は魔術師の手口からして、合理性というか、最小限の手間とリスクで成果をあげようというプロフェッショナルな雰囲気を感じていた。なので、論理的な行動を取るものと仮定するのが正しいようにも思える。


だが、そろそろ動きがあってもいい頃だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その夜、俺は事務所の部屋を静かにノックする音で目を覚ました。

机に向かって書き物をしていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。

ドアは内側から施錠してあるので、外から開くことはできない。


「だれだ?」


ドアに近寄って訊ねると「キリクだ」と声がする。

一応、俺とサラも室内で戦闘になって良いように短剣を抜いてドアを開ける。

キリクが操られているとは思えないが、一応の手順通りだ。


キリクは、そんな俺達の様子を見ても顔色を変えることなく、続けた。


「団長が来た。急用らしい」


ようやく、来たか。


俺は自分の顔が自然に笑みを浮かべるのを感じた。

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