第234話 対魔術襲撃訓練
とりあえず、革通りの面々に働きかけるのは明日の朝に回すこととして、その夜は工房の各所に即席の鳴子をとりつけ、剣牙の兵団の新しい護衛に入口で歩哨をしてもらうことで警備を強化した。
サラに大丈夫だ、とは言ったものの実際は緊張していたのだろうか。
どうにも目が冴えて眠れずにいると、隣で寝ているはずのサラが話しかけてきた。
「・・・眠れないの?」
隠しても仕方がないので「ああ」と答えると
「大丈夫。みんな、ケンジのために頑張ってくれるから」
そう言って、そっと右手を包むように両手で握ってきた。
理屈の上では、俺のためにというより、俺が作り出した商売のため、仕組みのため、自分のために頑張ってくれている方が組織としては正しい姿なのだが、それでも、俺個人のために頑張ってくれている人間がいるのは嬉しい。例えば、サラのように。
「ああ、そうだな」
そう言って、手を握り返す。
サラの手は、最近は冒険に出なくなったせいか随分とやわらかくなっていた。
その柔らかさを感じているうちに、緊張が解れたのか朝までしっかりと眠ることができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝から、革通りに立ち並ぶ他所の工房を回って、怪しげな痩せた身なりの良い男が来た際に知らせてもらう旨の約束を取り付けた。通報が事実であった場合には幾ばくかの謝礼を出すことにしたので、それなりに必死に探してくれるハズだ。
同様に、会社の職人達にも、怪しげな魔術が使われる可能性についても共有する。
昨日の枢機卿の靴を作る危険性について説いたのが余程に効いたのか、職人達も気を付けることを約束してくれた。
特に即席の鳴子がなった際の対応については、工房の各所に背の高さぐらいの棒を置き、対応を徹底させた。
鳴子が鳴ったら、その方向を見ること、そこで誰もいなければ棒を振り回すこと、なにか手応えを感じたら剣牙の兵団の護衛に知らせること、である。
滑稽に見えるかもしれないが、一緒に身体を動かして訓練もする。
鳴子を鳴らし、棒を取り上げて振り回す。そして大声をあげて警告する。
この一連の動作を、全員に体験してもらう。
こうしたことは、実際に身体を動かさないと、何か合った時に反射的に動けないものだ。
それに、訓練は職人達の間に安心感をもたらす効果もあった。
実際に対策が有効かどうかはわからないが、どうすべきか知っている、というだけで人間は安心するものだ。
へっぴり腰で棒を振り回す職人の姿を、残りの職人が囃し立てる一幕もあったが、青い顔をして黙り込んでいるよりもずっといい。
「いいか、とりあえず棒を振り回して当てるまででいいんだ。実際の危ないことは、腕利きの本職がいるから、彼らに任せるんだ。いいな」
そうやって、強い味方が工房にいる、と説くことも忘れない。彼らも、剣牙の兵団が身に着けた鎧や剣、そして鍛えられた風格を見て安心感がでてきたようだ。
「なんか、昨日はおっかねえ、おっかねえ、と思ってたけど、何とかなりそうな気がしてきたな」
「ああ、見ろよ、あの腕っぷし。なんつうか、さすが剣牙の兵団って感じだよな」
「うちの姉ちゃんとか、よく閲兵式を見に行ってるらしい。団長さんが、格好いいんだってよ」
やはり護衛は見た目の押し出しも大事だ。大柄な体と、鍛えられた外見はそれだけで威圧感と安心感がある。
剣牙の兵団に追加の護衛を派遣してもらったことは、職人達を安心させるために良い材料となっているようだ。
そうして何事も起こらないまま、数日が過ぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます