第210話 警告

俺が一通りの説明をし終わると、ミケリーノ助祭が苦言を呈した。


「ケンジさん、教会は税をとりません。喜捨ですよ」


「ああ、そうですね。行き過ぎた表現でした。失礼しました」


ミケリーノ助祭は鷹揚に頷いて了解した後、苦笑いの表情で付け加えた。


「それにしても、貴方と話していると刺激的な経験を積めそうですが、危険な目にも遭いそうですね」


「危険、とおっしゃいますと?」


ここまでは、別に危険な話などしていなかったハズなので、問い返すとミケリーノ助祭は、静かな声で話し出した。


「ケンジさんがどのような教育を受けてきたかは、わかりませんが・・・。まず、平民が貴族階級の税の使い道について関心を持つ、という考え方。これは貴族階級から危険視されるでしょう。

ただ、考え方自体は昔から存在はします。夢物語なので、耳を貸す人は多くありませんでしたけどね。


けれど、貴方の考え方は違います。なぜなら、仕組みとして完成しているからです。

税の使い道を表明し、それに賛成したものから徴収し、使い道を公表する。王都の城壁や大聖堂の建設の際に貴族階級に対して寄付を募った実例はありますが、それを庶民にまで敷衍して行おう、という試みは私の知る限り初めてのことです。


使い道についても、詳細を公表するということですよね。以前、貴方が農村の支援を計画した時に利用した書式を使用するのだと思いますが、あの方式であれば単語と数字が読めれば庶民でも理解できます。

それは教会の仕組みや王国の内情について庶民が理解したい、という考えの萌芽になるのではありませんか?」


ミケリーノ助祭の言いたいことは解る。

だが、サラは納得がいかないようで、話に手をあげて割り込んできた。


「どうして知りたいと思ったらいけないの?だって税を取られるなら使い道を知りたいし、それが変な使われ方をしていたら文句を言いたいものじゃない?」


それに対し、ミケリーノ助祭は、ゆっくりと頷いた。


「そうですね。正しい考えだと思います。貴族にも高貴なる者は大いなる責任を自覚すべし、という考え方があります。教会にも似たような言葉はあります。神に仕えるように民に仕えよ、と」


「じゃあ、そうすればいいじゃない!」


「無茶言うなよ、サラ」


俺はサラを止めた。これ以上の議論は、それこそ危険な領域に踏み込みそうな気配を感じたからだ。


「そうですね。やめておきましょう。私の危惧は、単に深読みしすぎたせいかもしれませんね。よく言われるんですよ、ミケリーノ、お前は心配性だな、と」


「そうですね。やはり実際的な話をした方が生産的ですからね。一緒に議論していきましょう」


ミケリーノ助祭の合図を受けて、俺も議論を打ち切って実務的な話に移ることにした。

彼も、現時点で本当に危険だと思っていたわけではないだろう。

税を集める者は清貧を旨とし、税の使い道を公表し、納税者から批評を受けるという考え方。

それはとても正しい。だが、世の中は正しさを無条件に受け容れるようには出来ていない。


これは警告だ。正しい意見を取り扱う者は、その正しさに目を眩まされることなく、その切れ味を慎重に扱わなければならないという、彼なりの親切なアドバイスなのだろう。

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