第201話 コネとカネ

相談自体は上手く運んだのだが、帰りの足取りは重かった。


サラが心配して「元気出してよ」と慰めてくれたが、気分は晴れない。

黙り込んでいると、サラが顔を覗き込んできた。


「ケンジは、偉い人になりたいの?」


そう正面から問われれば、俺の答えは決まっている。


「いや。その気があればニコロ司祭の勧めに従って聖職者になってたさ」


そう言葉に出して答えると、気持ちが軽くなった。


そうだ、身分が足りないなんて商売(ビジネス)の前提条件じゃないか。

この世界に充分な電気がない、というのと同じだ。

ただの環境要件だ。それを嘆いても仕方がない。


それに、枢機卿に靴を履かせる、というのは開拓者の靴をアピールするための手段に過ぎない。

それが駄目なら、また別の手段を考えればいいだけだ。


教会内で開拓者の靴を履く人数を増やすためだけならば、教会に靴の収益を管理する公益財団を立ち上げてもらうだけでも、十二分に強力な施策なのだ。

ニコロ司祭に提案として持ち掛ければ、彼の一流の手腕で派閥の者を送り込み、枢機卿のための優秀な集金組織へと組み込まれていくことになるだろう。

悲観する必要は全くない。100点ではないが、十分に及第点と言えるのではないか。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


翌日から、気分を変えて事業拡大の計画進捗を確認してみる。


資金計画はどうか。これは流通改革で利益が大幅に増えているので、計画は大幅に前倒しできる。

生産計画はどうか。これも補助人員を雇用し、職人を増やしたことで改善により効果が上がった。

営業計画はどうか。これも教会から開拓事業者向けの靴の契約は順調に進んでいる。


そうすると、残る課題は原料の調達と工場用地の確保となる。

原料の調達は生産を拡大する中で進めれば良い。

問題は工場用地の確保である。

街の中で今の10倍の広さの土地を購入することは至難である。

隣近所で土地を取得できないものか。極端なことを言えば、生産した靴を一時的に置いておく倉庫があるだけでも、だいぶ違うのだが。


そういった話題を社内で話していると、護衛のキリクがとんでもないことを言いだした。


「隣の土地ですか。ちょっと話をつけてきますよ」


そう言って、剣を携えて立ち上がる。


「ちょっと待て。一体どうするつもりだ」


「なあに、隣は2、3人しかいない小さな工房でしょう?大丈夫大丈夫」


何が大丈夫なのかわからない。

俺一人では止められそうもないので周囲を見回すと、ゴルゴゴがポツリと言った。


「隣の土地なら、多分、買えるぞ」


「そうなのか?」


「お前は飛び回ってるから、よく知らんかもしれんが、会社(うち)のことは革通りでは大層な評判になっておる。儂もよく言われるよ、うまくやったな、あやかりたい、と」


「へえ。そいつは知らなかった」


「まあ、あいつらも、お前さんに直接は言わんだろうさ。儂が言いたいのは、お前さんが最初に会社を立ち上げた時とは、まるで状況が違うってことさね。今では、あんたには工房もあれば新製品もある。貴族様の顧客もいれば、剣牙の兵団との地縁(コネ)もある。教会からの注文まで取ってきている。信用があるんじゃよ」


言われてみれば、そうかもしれない。

会社を立ち上げた時には実績も現金もなかったので相手にされなかったが、今は実績も現金も大いにある。

土地譲渡の手続きを担当する教会とも地縁(コネ)がある。


「多少は割高になるかもしれんが、隣の工房を買うぐらいなら問題ないじゃろ」


あれだけ懸念していた土地問題が、あっさりと片がつきそうなことにイマイチ実感が湧かない。

冒険者時代や会社を立ち上げるときにあれだけ苦労していたものが、特に問題なく片付く。

それが地縁(コネ)と資金(カネ)というものの力なのかもしれなかった。

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