第200話 身分の壁
「枢機卿に、ですか?」
ミケリーノ助祭は、俺が言ったことを確かめるように繰り返した。
「はい。枢機卿様に、その開拓者の靴を履いていただきたいのです」
「理由を聞いても?」
「開拓事業の重要性を教会の内外の方々に広く周知していただくためです」
「ふうむ」
そう言ってミケリーノ助祭は黙り込んだあと、ゆっくりと説明を始めた。
「聖職者でない貴方が知らないのは仕方ありませんが、枢機卿が纏う衣装には、高度に宗教的、政治的意味があります。
身に纏う腰布(サッシュ)の色や素材、装飾品の種類に至るまで選定と調達には専門の役職がありますし、各地の大貴族や大商人達がこぞって高級な品を寄付します。
悪意ある魔道具などでないか検査する必要もありますし、何が枢機卿と教会にとって相応しいのか、教会内外での政治的調整もあります。
それらの激烈な選定競争を経て、枢機卿が纏う衣装は数年先まで決定済みだと聞いています。
そこに割り込むには余程の地縁(コネ)や業績がなければなりません。
正直に申し上げますと、あまり実現性のあるお話には思えません」
守護の靴の初期注文の際に、大貴族向けの注文を幾つか受けたので、同じようなものだとは想像していたが、枢機卿程の大物になると、想像以上に習慣や既得権で固まった世界のようだ。
以前、枢機卿に靴を履いてもらうのは、高級官僚を通じて現役大臣にネクタイをつけてもらうようなものだ、と例えたことがあったが、話を聞くと皇族に衣装を着てもらう方が近いのかもしれない。
つまり、とてつもなく難しい。
「そこまでの話ですか・・・。少し難しいかもしれませんね」
「少しどころではありません」
ミケリーノ助祭は断言した。
「確かにケンジさんの近年の業績は素晴らしいものがあります。また、あなたの知識、見識、いずれもタダならぬものです。
ですが、それが知れ渡っているのは王都の一部の文官を除けば、ごく狭い地域にとどまります。
教会内でも、あなたの業績を詳しく知る者はニコロ司祭の派閥である私達など、本当に狭い範囲の名声なのです。残念ながら、枢機卿の衣装選定に後からねじ込むのには、ケンジさんは地位や身分と名声が不足していると言わざるを得ません」
また身分か。
冒険者ギルドの改革や教会の開拓事業に協力するのに、あくまで裏方から支援をしてきた弊害か、何か大きなことをしようとするたびに、身分が足りない、という壁に突き当たる。
剣牙の兵団のジルボアも、こんな気分を味わっていたのだろうか。
何ともやりにくい、やり場のない焦りと苛立ちを感じる。
「ただ、ケンジさんの靴販売により教会に収入をもたらす方式は画期的な仕組みです。これだけでも、ニコロ司祭には大きく喜んでいただけるでしょう。こちらで連絡をとりますので、返答をお待ちください」
ミケリーノ助祭の取りなしの言葉には、結局のところ
「お願いします」
と言うことだけしかできなかった。
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