第182話 モノが売れるのは

結局、2交代制は時期尚早として諦めた。この世界の労働観に合わない業務は定着は難しい。

早期の打ち手をと検討したのに、習慣の定着に長期間かかるのでは本末転倒だ。

それよりも、事前準備と後片付けの補助労働のための人員を導入する方が効率的だろう。


また、新しい職人は、補助人員とは別に少数採用する。既存の製造ラインの稼働率を上げるためだ。

人員に余裕ができることで、職人の急な病気に対応できるし、休みを取ることも容易になる。

それにより、職人の新人に対する教育力を上げていくこともできる。

これで、計算上は2割は生産能力が向上する筈だ。


「それで、教会向けの靴は作れそうか?」


とゴルゴゴに聞く。

開発の検討は数日前からしてもらっていたので、経過について所感を知りたかったのだ。


「ああ、あれは難しいところはねえな。材料さえあれば、すぐに作れるさ」


というのが、ゴルゴゴの回答だった。

たしかに基本的に造りは同じだ。違いは足首の上まで覆うブーツか、踝までのショートブーツか、素材を軽く安価なものにするか、というぐらいの違いしかない。

使われている技術も、製造する工程も、ほとんど同じなのだから、製造上の難しさはなさそうだ。


「作るのはいいけど、本当に教会は買い取ってくれるのかい?」


と聞いてきたのはアンヌだ。


確かに具体的な契約を結んだわけではないし、金銭のやり取りが発生したわけでもない。

枢機卿づきで開拓事業の後押しをしていると思われるニコロ司祭の後押しがあると言っても、販売はニコロ司祭の専門ではないし、役割でもない。具体的な広告宣伝戦略は、こちらで考えて、ニコロ司祭が頷けばそのまま実行できる、というところまで煮詰めて持っていかなければならないだろう。


ただ、ニコロ司祭はあの性格だから、こちらの持っていく案が論理的なものであり、開拓事業の推進に資するものである限り、理不尽に否定されることはないだろう。その点は、非常にありがたい取引相手であると言える。


それに助祭達とコネが出来ているのも大きい。ある程度の計画ができたらミケリーノ助祭あたりに、一度、見せた方がいいかもしれない。

ニコロ司祭へ一発勝負で提案を持っていくのもいいが、事前に近しい人に相談しておいた方が、成功の確率があがるだろう。


「先方の約束と、大まかな計画はある。効果的なものにするには、アンヌの知恵を貸してもらいたいな」


そう持ち上げると、アンヌは途端に機嫌が良くなった。


「まあ、そうよね?あたしの気品と知恵がないと、あんた達の田舎っぽい売り方じゃ折角の靴が、野暮ったい木靴と同じ値段になっちゃうものね」


サラやゴルゴゴは真っ赤になって怒っているが、俺は、最近の振り切った態度のアンヌに、むしろ面白味を感じるので悪ノリしてへりくだってやる。


「そうだな。アンヌの気品と知恵が必要だ。それで、具体的にはどうしたらいいかな」


すると、アンヌは得意げにそっくり返って確認してきた。


「ケンジ、守護の靴が売れたのはどうしてだと思う?」


「そりゃあ、モノが良かったのと、剣牙の兵団が使ってくれたからだろ?」


そう答えると、アンヌは憐れむような目で俺を見て「はー・・・」とため息を吐きながら首を左右に振った。


あ、これはちょっとムカつく。


「わかってないわね!守護の靴が売れたのはね、私が演じた女神が美しかったことと、団長が格好良かったからよ!あのね、服とか装飾品は、高貴で強くて美しい人が身に着けるから、価値が上がるの!みんな、そうなりたいから買うの!それが希少だったら、もっと高く売れるの!それが役に立つとか立たないとか、別にどうでもいいのよ!おわかり?」


アンヌの意見は、かなり極端ではあるが、多くの部分で正しいと認めざるを得なかった。

要するに、ブランドイメージをどのように作るか、モデルを誰にするかに、こだわって広報しろ、という意味だと理解した。


たしかに俺は、どちらかと言うとモノづくり的な思考に偏り勝ちな部分があるし、モノの品質にはこだわりがある。

良いものであれば最終的には売れるのではないか、という甘えがあるように思う。

アンヌのように、売れる売れないに品質なんて関係ない、とまでは言い切れない。


「ふうん。そうすると誰に、どんな風に履いてもらうべきだろうか」


そう投げかけたところ、アンヌの回答はシンプルだった。


「偉い人がいいわね!できるだけ金持ちでキラキラしてる人!」


「偉い人か・・・」


俺の地縁(コネ)で届く、最も高貴な開拓事業の推進者で聖職者は誰か。


「枢機卿か・・・」


口には出したが、そんなことが可能なのだろうか。

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