第181話 人は増やそう

計画書には、3点の経営方針が説明されている


1.1年間は追加の資金調達をしない。

2.土地建物のような短期で資金を生まない投資を控える。

3.教会向けの靴を早期に開発・生産を行う


一同が困惑したのは、1、2の現状維持路線と3の拡大路線の矛盾である。

普通に読めば、お金をかけずに生産量を増やす、と書いてるように読める。

そんなことが可能だろうか?ということである。


当然、文句は出る。特に開発担当のゴルゴゴの反応は素直だった。


「言いたくはねえば、無理じゃねえかな。もっと頑張れってことかい?今の奴らは、若いのに結構、頑張ってるんだと思うがね」


ゴルゴゴの言う通り、若い職人達は当初の想定以上に頑張ってくれている。おかげで守護の靴の生産量は、当初予想の3割から4割増の増産を続けている。これ以上に生産速度を上げようとすれば、劣悪な品質となって跳ね返って来るだろう。それは避けたい、というのが職人らしいゴルゴゴの意見だ。


「もちろん、もっと頑張れなんて言わないさ。もっと頑張らなくてもいい仕組みを考えるのが、小団長の俺の役割だからね」


「なら、いいが。どうするつもりだい?」


「人を増やすさ」


「増やすって言ったって・・・」


そう言うとゴルゴゴは工房内を見回した。

もともと、そう広い工房でもない。内部を整理整頓し、出来上がる傍から出荷されていくから20人もの職人が働けるが、それ以上に詰め込むには無理があるように見える。


「今は、無理だろうさ」


そう答えてから付け加える。


「だから、2交代で働く時間を延ばすんだ。早朝から午後まで働く組と午後から夜まで働く組にわけようと思う」


要するに工房の稼働率を上げる、ということである。

飲食店などで、朝から昼は喫茶店、夜からは居酒屋、深夜はカラオケという業態があるが、それと同じで土地や建物にかかる費用は同じなのだから、それをなるべく効率的に活用しよう、ということである。


もっとも、この世界は治安も良くないし照明代も安くはないので24時間稼働させるわけにはいかない。だから2交代制なのだ。土地建物が安ければ、俺もこんなことはしたくないのだが。


「ちょっと聞いたことねえやり方だなあ。職人達は嫌がるんじゃねえか」


とゴルゴゴは否定的だ。

確かに、聞いたこともない働き方を強要するのは難しいか。

それで職人に逃げられたら元も子もない。


「なるほど。じゃあ、これはどうだ。人は増やす。1月に2人ぐらいなら教育できるんじゃないか」


「まあ、それぐらいなら教育もできるし、休みが取れるようになっていいかもしれねえ」


「とりあえず、それで頼むよ」


そう言って、一旦はアイディアを引っ込める。

良い考えだとは思ったが、思ったより反発は大きそうだ。


製造ラインそのものを増やすよりも、製造準備や製造後片づけ、といった補助作業の人員を早朝や夜に増やす方が結果として生産効率が上がるかもしれない。それに、そういった作業なら、子供や女性でも働ける。

児童労働を推奨するわけではないが、農村から出てきて右も左もわからない子供が冒険者になるよりも、体が出来上がるまでは、工房で働く方が生存率が上がるだろう。本人にその気があれば、工房でそのまま雇用してもいい。


ゴルゴゴやアンヌと議論をしながら、やはり独りよがりでは良い意見にはならないな、とチームのあり難さを改めて噛みしめるのだった。

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