第153話 良い知らせ
数日後、再び教会に集められた助祭達は、なぜ自分達が呼ばれたのか疑問に思っているようだった。
「こんにちは。またお会いしましたね」
俺が、にこやかに挨拶したというのに、眉をしかめて、こちらを見るばかりだ。
仕方がないので、まずは良い知らせから伝える。
「皆様、先日、ニコロ様とお話しましたところ、司祭は皆様が短期間で上げられました成果に、大変に満足しておいででした。これからも、いっそう励むように、とのお言葉をいただいております」
そう伝えると、助祭達の顔に喜色が浮かんだ。彼らにとって、ニコロ司祭の評価は、かくも重要なものらしい。
せっかくなので、続けて良い知らせを伝える。
「こちらは、私からの贈り物です。事例(ケース)学習の課程修了の記念品として、お受け取り下さい」
サラに合図して、3つの木箱を一つずつ渡してもらう。
助祭達が「ふん、賄賂というわけか、さすが平民あがりだの・・・」などと褒めてくれるので、嬉しくなった俺は、箱を、その場で開けるよう促す。
助祭達は、賄賂を贈った俺の目の前で箱を開けることには少し抵抗があったようだが、ゴソゴソと音を立てながら木箱の蓋を外す。
「・・・なんだ、これは?」
「靴です。守護の靴、と言いまして街の冒険者には大評判となっている靴です。高価なんですよ?」
と、高価、という点に力を置いて説明する。
「ふむ。高価な靴なのか。ありがたく受け取ろう。しかし教会で勤めを果たす我らは革のサンダルで充分に用が足りておる。助祭の身で斯様な贅沢品を身に纏うことは、厳に戒められていることであるし・・・」
などと、助祭達が柄にもなく遠慮する気配を示したので、俺はもう一つの良い知らせを伝える。
「何をおっしゃるんですか。これから、街の外に出て、実際に農村まで行って計画を立てるのです。靴を履かなければ、路上で尖った石を踏み抜いて、魔狼の群れに取り残されることになりますよ?」
そう言いおいて、助祭達が喜びで驚く姿をしばらく楽しんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザクッザクッと足元の砂利がリズミカルに音を立てる。
人が歩く。石を踏む。石は鳴る。人々は歩き続け、街道は音楽を鳴らし続ける。
太陽は中天にあり、道行く人々を照らし続ける。
だが、その太陽の恵みを有り難がらない者達もいる。
「・・・ケンジよ」
「なんでしょう、クレメンテ様」歩きながら答える。
「馬車は、ないのか?」
「ありません。皆様はお若いのですから、自分の足を使えば良いではありませんか」
俺とサラ、護衛のキリク、そして3人の助祭達は徒歩で、事前に手配した農村へと向かう街道の砂利道を踏みしめていた。
目的地は、事例(ケース)学習で取り扱ったのと、ほぼ同じ規模の教会が管理する村である。
食料や野営の荷物を積んだ驢馬を俺が牽き、サラは山羊を1頭連れている。護衛は両手が空いていないと務まらないので、キリクには空荷で先頭を進んでもらっている。
まだ街を出て数時間も経っていないのだが、慣れない環境のためか、助祭達は若いのに早くも疲労を覚えているようだ。
「皆さま、足の具合はいかがですか?」
「・・・まるで棒のようだ」
「足の裏の具合はいかがですか?足に豆ができたり、痛みはありませんか?」
「・・・それはない」
「それであれば、もう少し歩けます。モタモタしていると、荒野で夜明かしをする羽目になりますよ?」
そう答えると、普段は安全な街の中で暮らしているだけに、助祭達はギョッとした様子をみせた。
「城壁の外で夜明かしなど!正気の沙汰ではない!」
「そうですか。冒険者達はしていますよ。こう見えて、私もサラも腕は立ちます。魔狼やゴブリンの群れが襲ってきても、立派に皆様を、お守りできますよ?」
そう親切に教えてあげたのだが、彼らの心の平穏を買うことはできなかったようだ。
「ま、魔狼がでるのか?ゴブリンも?」
俺は頷いて、答える。
「夜に魔狼が群れで襲ってくると、少し厄介ですね。焚火さえしっかりと焚いておけば何てことはありませんが、奴らは焚火から引き離そうと、群れで色々と仕掛けてくるのです。袖や足に噛みついて、力づくで引っ張られると暗がりで大勢の魔狼が一斉に・・・おや、あの吠え声は魔狼かな?」
嘘である。こんな街の近くに魔狼もゴブリンもでる筈がない。だが、街の外に馬車もなく出たことのない助祭達には、俺のホラ話も覿面(てきめん)に効いたようだ。彼らの歩む足が、心持ち早くなる。
この調子でいけば、今夜は野営をせずに済みそうだ。
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