第152話 現実という激流の泳ぎ方

「ケンジよ、助祭達の立てた計画について、お前はどう見た」


「基本を押さえた、良い計画であったと思います」


俺は、そう答えた。さすがに優秀な若手と言われるだけある。

あれだけの情報から、よくも開拓計画を、それらしく作り上げたものだ。


「ふん」とニコロ司祭は鼻を鳴らした。


「世辞はいらん。本音を言え」


「恐れ入ります。計画はよくできていた、という考えに変わりはありません。ただ、現実は計画通りにはいかないものです。そのあたりの、さじ加減というか、余裕が計画にはなかったように思います」


「ふん。そうだな」


与えた情報の外に、一歩も踏み出せなかった点は、彼らの長年の教会の生活で身に着けた思考の癖、とも言うべきものだろう。それを改善するのは、なかなか短期間では難しそうだ。


「ところで、あの事例(ケース)学習というものだが」


やはり、そう来たか。ニコロ司祭が、わざわざ2等街区の教会に来たのは、助祭達の進歩の具合を見るだけでなく、その教育方法や教材に興味があってのことだろう。


「あの架空の村を例にとって、計画を立てる練習をさせる、という手法は興味深い。あれは、何を見て思いついたのだ」


実は知ってました、と言うわけには行かないので、それらしい言葉を並べて説明する。


「教会で聖堂を建てる際には、石工でさえ図面を引いて計画すると聞きます。また、戦ともなれば、将軍は地図に軍隊の木駒を並べて、戦場の策を練ると聞き及んでおります。村の開拓ではありますが、同じように計画が重要な仕事でもあれば、地図と資料を用いて計画の演習をすることは、ごく自然の発想ではないかと存じます」


「自然、自然か」と納得のいかない様子でニコロは呟いた。


「確かに、言われてみれば自然ではある。だが、あまりに自然だからこそ、不自然でもある。

普通は、新しい試みというものは、いろいろと不具合があるものだ。だが、あの事例(ケース)学習の完成度は、非常に高い。数日前まで、教会の外のことはまるで知らなかった助祭達の変化が、その証拠だ。

正直、奴らに実務的な計画を立てさせるには、年単位で仕事に従事させる必要があると考えていたのだがな。


ケンジよ、お前であれば別の事例(ケース)の教材を作ることも可能であろう?そうして短期間で実務のできる者達を大量に育成することができるのではないか?」


相変わらずニコロ司祭は、厳しいところを突いてくる。


「お褒めいただき、恐れ入ります。ですが私としては、まだまだ改良の必要があると考えております」


実際、俺はニコロ司祭の指摘を受けて、事例(ケース)学習を、より洗練させる必要を感じていた。

ある程度、議論が進んだところで、水害が起こった等と追加の情報を与え、環境の変化に応じて計画を修正させたり、開拓計画の期間を1年、5年、10年と長さに応じて数パターンを出させることで、視点に期間の幅を与えたり、と改めるべき点は多い。


「ふうむ。お前に領地を任せてみたいものだな、ケンジ。あるいは代官の教育に取り入れるか」


ニコロ司祭が、何やら物騒なことを言いだしたので、慌てて否定する。


「ニコロ様、性急でございます。まずは助祭様達を、きちんと事業の管理者として育成せねばならぬのでは」


そう言うと、ニコロ司祭は意外そうに俺を見た。


「ふむ?助祭達への教育は終わったのでは?」


俺は、笑みを浮かべて言った。


「何をおっしゃいますか、二コロ様。教育は、まだ始ったばかりですよ。彼らは、陸の上で泳ぎ方を学んだに過ぎません。これから、現実という河の激流に突き落として本当の泳ぎを学んでいただかねばなりません」


二コロ司祭は、片方の眉を上げて言った。


「ケンジ、そなたもなかなかに虐めが好きだの」


あんたが、それを言うか。

出かかった言葉を、慌てて飲み込んだ。

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