第132話 紹介状

せめて、あいつらの墓を作ってやりたいと思った。

だが、この街の生誕名簿に登録されていない彼らは、この街の教会墓地に普通の手段では葬れない。

教会に依頼し、生誕名簿に登録する必要があるのだ。冒険者のような根無し草の葬送は高くつく。

剣牙の兵団のような、戦闘的な一流クランはどうしているのだろう。


守護の靴の事業報告のついでにジルボアに聞いてみた。

すると、驚くべきことに剣牙の兵団のための集団墓地があるのだという。

剣牙の兵団には、この街の出身者も多いので、何かとコネもある。

教会と交渉して用地を獲得し、剣牙の兵団の団員が倒れた時は葬れるよう土地を確保したのだ。


「戦士が死を怖れては戦いにならない。その憂いを絶つのが団長の仕事だ」とのこと。


戦士達は、雄々しく戦い、死んでも仲間に弔ってもらえる。葬られる場所がある。

だから、勇敢に戦える。


ジルボアは、自分が死ぬつもりは微塵もないが、仲間が死を怖れぬように手を打っている。

この男を見ていると、英雄になる男は違うなと、いつも思い知らされる。


なぜだと聞かれたので、以前の仲間たちの墓を作りたい、というと「甘いな」と笑われた。

サラも、少し驚いて俺を見つめている。


ジルボアは続けて言う。


「ケンジは何のために墓を建てるのだ?お前の感傷のためか?そんなことに費やす力があれば、冒険者の為に守護の靴を一足でも多く作るがいい。それが冒険者達の生命を救う。そうじゃないのか?」


グウの根も出ない、正論だった。そして、俺が靴の事業を起こし、推進する過程で自分に言い聞かせてきたことだった。俺も、かつての仲間が死んだと聞いて動揺していたのだろう。


だが、ジルボアは思わぬことを言いだした。


「冒険者のための墓を建てるのに、クチを利いてもいい」


「意外だな。何か理由があるのか?」


そう聞き返したが、ジルボアは「まあ、いろいろあるんだ」と笑って理由を答えない。

冒険者のための墓を建てる、と言うからには、俺の仲間だけのことではないだろう。


「冒険者の共同墓地を建てよう、という動きでもあるのか」


つらつらと考えるに、剣牙の兵団の活躍と、今や街の売り物にもなっている派手な凱旋式は、冒険者全体のイメージを大きく改善している。

それに、俺が興した守護の靴の事業や、手掛けた冒険者ギルドの改革を通じて、街の方でも冒険者関連の商売で懐を潤す人間も増えている。


その動きを背景にして、冒険者全体の社会的地位の向上を図る打ち手として、共同墓地の建立という事業を、ジルボアが企てていてもおかしくない。


「いいところをついているな、ケンジ」


俺にわかるのは、ジルボアが商人達と組んで貴族達と上の方で何やらやり合っていて、そのコマとしてまた、俺がうまうまと盤面に載せられそうだ、ということだ。


「断ったら?」と聞いてみたが「お前は断らないだろう?」と簡単に返された。


メリットとデメリットを考えてみる。


メリットは、駆け出し冒険者のための墓を作ってやれることだ。俺をクビにした仲間たちも葬ってやれる。何より、冒険者達全員を勇気づけることができる。野山や洞窟で1人、寂しく死のうというときに、自分が葬られる場所がある、というのは魂の安息になるだろう。それに、教会とコネができるというのは大きい。

今まで冒険者を根無し草扱いしていた教会の方針が変化するのなら、冒険者の活動も大きく変わるだろう。


デメリットは、ジルボアの思惑がまるで読めないことだ。一体何を企んでいるのか。

またぞろ、貴族とやり合っているのなら、今度こそ身の安全が保障されないのでないか。


だが、身の安全については今さらだ、と開き直ることにした。

それに、ロロの件で俺はジルボアと剣牙の兵団に借りがある。それを、ここらで返しておきたい。


「わかった。乗ろう」そう答えると、ジルボアはサラサラと羊皮紙に羽ペンで紹介状を書くと、蝋で封をして渡して来た。


「教会の方に紹介状を書いた。マティアスという枢機卿に会うといい。相談にのってくれるはずだ」


ジルボアは、実に愉快そうに笑った。

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