第115話 冒険者になったサラ

サラは、街の北にある森の近くの農村で生まれた。


森の近くで土の恵みは豊かだったが、税は重く暮らしは厳しかった。


家族は、父母と弟と妹の5人暮らし。


父は半農半狩人で、森際の小さな畑と、森から出て来る動物を弓で狩って生計をたてていた。

森の中に入っての狩りは、狩猟権を持つ領主のものだったので森の中に入ることはできないが、畑を守ることは認められている。

森からは、ときたま、ゴブリンのような怪物が迷い出て来ることもあったからだ。

森の近くで暮らす農民たちは、長弓の所持と使用を領主からも認められ、ついでに畑の作物を狙う鹿や猪などの動物を狩るのが習わしだった。


長女のサラはお父さんっ子で、父のすることは何でも真似をしたがり、父はまた、そんなサラを可愛がり、小さな子供用の弓を作ってやり、サラは、弓の弦が切れるまで熱中した。


サラには、弓を扱う素質があった。天性の勘の良さと、自分で射た獲物は食卓に上るというモチベーション。2つの要素が重なり、10才を超す頃には、畑の作物を狙う小鳥などの小さな動物を射ることにかけては、父よりも優れた弓手になっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


貧しくとも平穏な暮らしが失われたのは、サラが14歳のとき。


ある日、森が溢れた。


怪物達は、ときたま集団暴走現象を起こす。


それが何故起きるのかは、この世界では解明されていない。

怪物たちの生息密度が一定以上になると、生息区域を広げるために暴走するのか、縄張りに強力な別の群れが入り込み、それから逃げようと暴走するのか、それとも地域の魔力が高まり、凶暴性が高まり暴走状態になるのか。昔から諸説があり、どの説が正しいかはわからない。


それに、農民でしかないサラにとっては、原因など、どうでもいいことだ。


重要なことは、村の裏手の森が溢れ、数百匹のゴブリンが暴走状態となってサラの村を襲ったことだ。


僻地の農村では、村長の家か教会が石造りで緊急時には、逃げ込むための簡易な城塞の役目を果たすことになっている。


だが、サラの家は暴走状態のゴブリンが溢れた森から近く、村の教会に逃げ込む時間がなかった。


サラの一家は家具や戸板で窓を塞いで家に籠城し、得意の弓矢で隙間からゴブリンたちを射た。

暴走状態のゴブリン達は、家に火をつけるなどの知恵をなくしており、またサラの家だけにこだわることなく、より襲いやすい獲物を求めて走り去って行ったため、一家の籠城は半日で済んだ。


外が静かになり、表に出てみると、家の壁には無数の爪痕がついており、一家を震え上がらせた。

周囲には矢で射殺されたゴブリン達の死体が複数散らばっており、幾つかの死体には共食いの跡があった。

サラが、自分の小さめの矢を回収しながらゴブリンの死体を数えると、7体を仕留めていたことがわかった。

サラが仕留めたゴブリンは、いずれも目に矢をうけており、サラは小鳥を狩ることで鍛えた自分の腕に、ささやかな自負を覚えた。


しかし、サラの一家が無事を喜んでいられたのは短い時間だった。

収穫期を迎えていた畑は、ゴブリン達に完全に荒らされていた。天に向かって伸びていたはずの麦穂は踏み荒らされて横倒しになり、最近の雨でできた水たまりで泥を被っていた。


ゴブリン達の本隊は村の教会を数時間襲撃してから通り過ぎ、村人は7人が死んだ。

死者には村長も含まれていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


収穫期が来た。


ゴブリンの襲撃があろうとも、村長が死んだとしても、村人は畑を耕し、収穫しなければ生きていけない。

そして、何があろうとも徴税は行われる。


サラの一家の畑は、結局、収穫は6割に留まった。襲撃後、懸命に畑の作物を整備したものの、多くの穂が立ち枯れ、腐ってしまった。


徴税は収穫から一定の割合で引かれていく。絶対額でないのが救いだが、来年の収穫期まで食いつなげないことは明らかなサラ一家にとって、それは何の慰めにもならない。


それでも収穫祭は行われる。そして吟遊詩人が来て唄う。


若者よ 冒険にいでよ、と。


サラは決意する。家を出て、冒険者になる。

弟と妹を食べさせるため、自分が街へ行く、と。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「・・・あたしの話は、こんな感じ。よくあることでしょ?」


サラがいつも金がない様子だったのは、実家に仕送りをしているからだという。


この世界では、庶民は信用できる送金手段がないので、1年に2回ほど、自分で歩いて村まで帰り冒険で稼いだ金を置いてきているそうだ。


正直なところ、渡した金は全部、飯に消えてるんだと思ってた。


サラがときおり「田舎に帰って農業をやろう」というのは、農村での暮らしが彼女の幸せな生活と家族の象徴だからなのかもしれない。


「今の暮らしが不満ってわけじゃないのよ。すごく忙しくて、すごく楽しい」


そう言うと、サラは一人語りを終えた。

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