第116話 折り合いはつけなければ。生きていくなら。

サラには落ち着く時間が必要そうだったので、その日に話をするのは諦めた。

守護の靴事業を軌道に乗せるために、こなさなければならない仕事は山積みであったし、冒険者ギルドを説得するための作戦も考えてから話し合った方が、建設的な話ができるだろう。


俺は、元の世界の官僚組織や役人の行動原理の知識をひっくり返し、先日話したギルド職員の態度やレベルに合わせて、ある程度の構想を練った。


数日かけたおかげで、そこそこ形にはなってきたのだが、この世界の貴族の感覚にしっくりくるのか自信はない。


貴族に信頼できる相談相手がいないのは、課題だと言える。


俺は貴族を敵に回したいわけではない。彼らの考え方や行動原理を知ることで摩擦を減らすことができるのならば、その方が良い。


冒険者ギルド組織とも摩擦を起こさずに、駆け出し冒険者の生活を向上させる方法を考える必要がある。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「サラ、ちょっと話したいんだが・・・」


「あ、うんいいよ」


サラは守護の靴の部品在庫を数えて、何か板にメモをしていた。

この数カ月で、サラは本当に色々と事務仕事ができるようになった。


もちろん、こちらで簡単な単語と数字ができれば仕事が理解できるよう、管理の体系を考えたのは俺だが、それを使って実際に業務を動かしているのはサラだ。


今のサラは、農村から出てきて少し弓ができる以外は無知な村娘の面影は薄い。

多くの経験を積んで、世の中の仕組みや人を動かす仕事ができるようになった。


これから話すことも、きっとわかってもらえる。


「サラ、冒険者ギルドのことだけど・・・」


そう切り出すと、サラの表情が少し硬くなった。


「サラには、冒険者ギルドや貴族を憎んで欲しくないんだ。許せない、とは思うだろうけど」


「イヤ!あいつら、ぜったいに許せない!」


サラの返答は早かった。やはり感情的に許せない部分は大きいようだ。


「俺も、冒険者ギルドや貴族を許せない。だけど、憎んだら取引できなくなる。敵に回してしまう。敵に回ったら、死ぬのは俺達だ。サラには死んで欲しくない。だから、サラには奴らを憎んで欲しくない」


俺はサラに懸命に語りかけた。


俺だって、奴らを許せない。だけど、そのことと、憎んだり敵に回ることとは別だ。

公私の区別とは、また違う。庶民の生きるための知恵だ。

それくらいなら、サラも妥協できるのではないだろうか。


「もし、あの二重顎のギルド幹部を殺したとする。何が起きると思う?」


「ケンジが捕まる」


サラは唇を尖らせて言った。俺は苦笑いして、その先に起こるであろうことを話す


「そうだな。そうして、新しいギルド幹部が、その席に座る。冒険者の境遇は何も変わらない」


サラは、悔しそうに唇を噛む。


「貴族も同じことだ。彼らを憎んで殺しても、次に新しい貴族が座る。何も変わらない」


「じゃあ、どうしたらいいのよ!」


サラがたまりかねたように大声を出す。その叫びは、俺が何度も1人で胸の内で温め、繰り返してきたものと同じだ。


この世の中は不条理だ。許せない。じゃあ、どうしたらいいのか、と。


「冒険者として生きはじめても、自由に生きている連中はいる」


そう言うと、サラは顔をあげた。


「剣牙の兵団、駿馬の暁、一流クランの連中は、自分の力で境遇を変えた。結局、冒険者は力で認めさせるしかないんだ。怪物と戦い、血にまみれて、剣を振るって、世界を切り開く。その成果は、冒険者ギルドも貴族も否定できない」


「それはそうだけど、でも・・・」


「そう。ジルボアやスイベリーは英雄になる人間だ。俺達のような普通の人間じゃない。だけど、俺達のような普通の人間だって、ここまでは来れた。数年を生き延びて、そこそこの装備を整えつつ、小金を貯めて新しい商売を始められた。俺は、農村から来た普通の人間で、ここまで来れる人間を増やしたいんだよ」


サラは、理解できた部分もあったのか、不承不承うなずく。


「それはわかるわよ。ケンジが靴の事業を始めたのだって、そのためなんでしょ。でも、あの二重顎を許すかどうかは別じゃない?」


俺は答える。


「別に許さなくてもいい。ただ、駆け出し冒険者の命を奴らが握っているのは事実なんだ。だから、一緒に冒険者達を助ける方法を考えてほしいんだ」


サラはしばらく目を閉じていたが、何かに折り合いをつけたのか、ゆっくりと目を開いて了解した。


「わかったわよ。一緒に考える。ゆるさないけど、顔にも口にも出さない。それでいいでしょ?それにあんたのことだから、きっと何か計画立ててるんでしょ?もったいぶらずに、早く言いなさいよ」


ようやく、サラの態度がいつものように戻る。


俺は、冒険者ギルドの組織について考えたことをサラに説明し始めるのだった。

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