第105話 ロロ

ジルボアは魔剣の柄に手をかけつつ、片手で扉をガチャリとあける。

俺は当然、ジルボアの後ろに隠れて、一応、背後からの不意打ちを警戒する係だ。


部屋の広さは、先程の謁見の控室とあまり変わらない。

ただ、家具や内装はほとんどない。大きく長いテーブルがあり、その向こうには薄い顔としか表現のしようのない文官風の男が座っている。

室内には、一見、1人だけのように見えるが、わかったものじゃない。


「おや、お1人ですか」と、一応、声をかける。


「ええ、こちらへどうぞ」と薄い顔の男は、妙に甲高く擦れ気味の声で前の席を指す。


不意打ちを用心しつつ、近づき、立ったまま声をかける。


「こちらは帰りの控室だと聞きましたが、あなたは謁見の控室では見かけませんでしたが?」


薄い顔の男は、さも面白い冗談を聞いたように、ヒ、ヒ、ヒ、と息を吐いて笑った。


「それは、そうでしょう。私は、ねえ、普段から伯爵様のところで働かせていただいておりますからな」


やはり、この城の文官か。


「お名前を伺っても?」とジルボアが問う。


察するに、この男が今回の攻撃の仕掛け人なのだ。ジルボアが剣の柄を掴み、剣帯の下げ金具が、ガチャリと音を立てる。


「おやおやおや、物騒な物騒な!私は、ねえ、そういう暴力は、ねえ、苦手なんです。ええ。ああ、名乗りでしたな。失敬失敬。今をときめく剣牙の兵団のジルボア団長さんに、ねえ、そんな鋭い眼(まなこ)で見つめられては、ねえ」


ヒ、ヒ、ヒ、息を吐いて笑う。


この男の喋り方は、イチイチ勘に触る。何かの挑発だろうか。


「いやいやいや。ええ。私はロロと申しますです。この城ではルンド伯爵様の伝手でちょっとした職についておりましてな。剣牙の兵団の方とお近づきになりたいと思いましてね。それで、今回の仕儀となったわけでして」


「ほう」とジルボアの声が低くなる。


ジルボアが対応してくれている間に、俺は後ろで必死に頭を働かせる。

ロロ。こいつの名前は、調査にあった。たしか城で物資の購入なんかを動かす仕事をしていたはずだ。

会社で言うと、購買担当、軍事で言うと輜重、ロジスティクスだ。


この世界では、軍はあまり遠征任務につかないので、どちらかといえば閑職であるが、金銭的には賄賂や付け届けを貰える立場にいるので豊かな筈だ。ある程度の数字が読めないと務まらない仕事なので、能力はあるが身分が低い者がつく官職だったように思う。


そういった目で見ると、薄い顔で笑い声が不気味な男、ロロの衣装は悪くない。高そうな布をタップリと使い、装身具は煌びやかで・・・とそこまで見て俺は、あることに気がつく。


足には、守護の靴を履いている。


俺の視線に気がついたのだろうか、ロロは愉快そうに言葉を続ける。


「ええ。いやあ、この守護の靴、というこれは、大したものですなあ。私は、以前は、こう、先がお洒落に尖ったズイム工房の木靴を履いておったのですがねえ、いやあ、これを履くと、あの靴は何というか、箱を履いていたようなものですなあ、ねえ、そう思うのですよ」


ロロはだんだんと興が乗ってきたのか、先を続ける。


「私は、ねえ、以前は、こう、足の親指が内側に、こう、曲がっていく病気に悩まされておりまして、ねえ。城の医者にも見せたのだけれども、それは老化現象だ、というばかりでねえ。

 いやあ、私はまだ四十ですよ!ええ。ですから色々と新しい靴を探させていたわけですが、どれもねえ、イマイチで。

ですが!この守護の靴!これはいい!ええ、とてもいいですよ!老婆のように曲がっていた足指が真っ直ぐになり、歩いていても疲れない。それに、朝履いていた靴を、夕方になってもまだ履ける!

 いい靴ですよ!これは!画期的です!」


靴を絶賛されるのは嬉しいが、正直、この薄気味悪い男に褒められると、せっかくの賞賛が半減する気持ちがする。


「それはありがとうございます」ジルボアは立ったまま、薄く笑って答える。


「それでねえ、私は、考えたんですよ!ねえ。この靴、これはいい事業ですよ。ねえ、これはもっと広めた方がいい!ねえ、それで、私が、事業の拡大に力を貸そうじゃありませんか!ええ、それがいい、そう思いませんか?」


ロロは、一方的な言い分を終えるとヒ、ヒ、ヒ、と笑った。

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