第99話 婚礼

教会の鐘楼からは厳かに鐘が鳴り響き、白い婚礼衣装で美しく着飾った男女の組み合わせを祝おうと、街中の市民達が勢揃いしていた。


新婦は育ちの良さを伺わせる品の良い物腰で文句なく美しかったが、新郎の品が良いかどうかは大いに議論の余地があるところではあった。


長身で逞しい体に新郎の衣装はいささか窮屈なようで、短剣だけを差した腰を頼りなげに探っているのが普段の仏頂面を知っている面々には可笑しかった。


「副長ーっ!!色男に磨きがかかってやすぜーーっ!!」と新郎側の参加者達から下品な野次が飛ぶ。


新婦側の上品な参加者たちは多少は眉をひそめたものの、街を守護する英雄の婚礼であるから、それ程度は無礼講として見逃されるのだった。


なにしろ、剣牙の兵団と言えば、近隣の冒険者クランの中では断トツの知名度と武功を誇り、そのために街の近隣は手ごわい怪物がいなくなることで治安が向上、街間商人を襲う怪物からの被害も少なくなることで流通も活発になり、街の景気も大きく浮揚した。

新婦側で列席する参加者たちにも、大いに利益に預かった商人達も多いことだろう。


それに、色男と評判の団長が行う凱旋式は、街の市民達に大いなる誇りと安心感を与えてくれている。

人間の気分というのは不思議なもので、強力な武器や鎧を身に纏う男たちの強さを身近に感じ、安心を感じることで実際に街の治安が良くなり、市民達の消費意欲も高まり、景気も良くなっている。


その意味で、剣牙の兵団は、冒険者の一流クランという存在を超えて、市民達の精神的な支柱とでも言うべき英雄的な存在になりつつあった。


街の市民達にとって唯一の懸念は、大きく育ち過ぎた英雄が街を後にして去ってしまうことだったのだが、その心配は今日、払しょくされる。


剣牙の兵団で団長の傍らに常に立ち、武力では並ぶもののないと言われる副長のスイベリーが、街の有力者の娘との婚姻を了承したのだ。


新婦側の親である大商人は大いに面目を施し、張り切っていた。


それは婚礼の祝宴の食卓に贅沢となって表れた。


普段は剣牙の兵団が凱旋式を行う街の広場には、大きなテーブルが幾つも並べられ、多くの市民達から見えるように巨大な食卓の真ん中には仔牛のグリル焼き、豚腿肉の炒め料理、肩肉の煮込み、鹿肉のロースト、野兎のソース煮、鶏肉の串焼き、鶉にハーブや穀物と豆を詰めて焼いたものなど、俺やサラにとっても、多分、そうであろうと予想をつけるしかない豪勢な料理の数々が、食べきれないほどに後から後から運ばれてくる。肉の合間にチーズをつまみ、葡萄酒で乾杯をする。


婚礼を見に来た市民達にも、新婦の財力を示すように祝いのエールが樽で振る舞われる。広場のあちこちに婚礼を見に来た市民達目当ての市や屋台が立ち並ぶ。


まあ、つまり、こうして剣牙の兵団の副長であるスイベリーは、街の大商人の娘と婚礼を挙げた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


2カ月が経った。


俺は、工房で職人達が量産品として製造した守護の靴の1号製品を手に取っていた。


事前に予想していた通り、貴族や大商人からの贈答や夜会目的の珍奇な品としての一時需要が一巡したため、より実需に即した製品の製造に乗り出すことができたのだ。


最初の納品先は、グールジン率いる街間商人向けの守護の靴だった。他の街でも守護の靴となっているらしい。

だが、この街と違い剣牙の兵団の凱旋式という効果的な広告宣伝手段がないため、まずは実需から攻めるというのがグールジンの戦略らしい。


まあ、俺は製造の原価が補償されて、靴の製造数を増やすことができれば、それでいい。

とにかく靴を増やして、駆け出し冒険者に届くまで市場を広げ、価格を下げる。

その一歩に過ぎない。


工房の製造効率は、まだまだ理想からは遠い。

だが、この世界のどこよりも早く、良い品質の靴を製造できる工房の自負はある。

製造を繰り返すことで、職人も育ってきた。


俺が思い描く事業の成功まで、もう少しだ。


そう思っていたのだ。


その日も、いつものように護衛とサラを連れて剣牙の兵団の事務所に赴くと、苦い顔をしたジルボアに迎えられた。


この男が、感情を表情に出すのは珍しい。


ジルボアは、上等に装飾された羊皮紙の手紙らしきものを示した。

上級貴族からの手紙らしい。読むように促されたが、この世界の貴族の手紙は、文章の修飾語や表現が大仰で何を言っているのか、すぐにはわからない。

眉をしかめて解読に苦労していると、ジルボアが言った。


「ルンド伯爵様からの依頼というか命令だな。靴の製造権を買い取りたい、と仰せだ」


くそっ。

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