第79話 烏合の衆
翌朝、2等街区の新しい宿で、茶を飲みながら昨日の会議と、今後について考える。
それにしても、贅沢な宿だな、と感じる。
なにせ、2等街区の宿は、壁の漆喰からして違う。
それまで定宿にしていた3等街区の、不揃いで隙間のあるレンガと適当に修繕した板塀が混在する、地震が来たら一発で崩れそうな壁と違い、壁のレンガも見えないほど贅沢に、厚く白い漆喰が塗られている。天井も広く高く、圧迫感がない。
お茶を淹れるのに、お湯は注文するまでもなく出て来るし、給仕専門の女給もいる。
「あー・・・あたし、お祝い事以外で、白いパンって初めて食べる―・・・」
と、珍しく早起きして、朝食に同席したサラが白パンを食べながら言う。
このあたりの麦の種類は正確にはわからないが、二等街区で食えるのだから地場の小麦ではあるのだろう。
だいたい、雑穀混じりで色がわからなくなっているか、麦粥として食べていたので気がつかなかった。
麦の製粉には手間がかかる。水車小屋を利用して製粉する権利を持っているのは、領主もしくは貴族だけなので、わざわざ麦を持っていって粉に挽いてもらわなければならない。
当然、利用料という名の税金がかかる。
麦を挽くのも一度ではない。二度挽き、三度挽き、とするたびに粒が細かくなり、雑味や不純物が取り除かれて品質があがっていく。
このあたりの感覚は、日本酒の吟醸に近いかもしれない。
米食文化で育った自分には、そのあたりの良さ、というのがよくわからない。
一度、小石まじりの雑穀パンを食わされて、宿の親父とやり合ったぐらいだ。
俺は、もっちもっちと味わうように白いパンを食うサラを見ながら、注意した。
「この宿は、上品な客の宿なんだ。朝からエールとか頼むなよ」
「頼まないわよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食後、サラが冒険者ギルドへツアー案内の駆け出しを捕まえに行ったあと、俺は宿で1人になって考える。
いくら上等な宿といっても、先日のようなことがあっては堪(たま)らない。
剣を近くに立てかけて、追加の茶をもらいつつ木版にメモをする。
ハッキリ言って、立ち上げたばかりの「冒険者靴販売製造チーム」は、バラバラだ。
烏合の衆と言ってもいい。
靴の製造で将来得られるであろう利益を人質に、俺という個人が、かろうじて二頭の暴れ馬の手綱を握っている状態だ。
チーム自体への忠誠など、欠片(かけら)もない。
この状態は長続きしないだろう。早晩、バラバラになり、チームは解体されるだろう。
組織やチームには、戦う理由、目標が必要である。
言い換えれば、組織のリーダーは、良い目標設定者でなければならない。
剣牙の兵団の運営が、いっとき迷走し、団員が不安を覚えたのも、団長(ジルボア)自身が目標を見失っていたせいである。
それが、俺との話し合いを通じ、この街で終わらない、大きな英雄を目指す、と自覚したおかげで、剣牙の兵団は活性化し、そして街を出ていくための力と準備を整えつつある。
そのことが「冒険者靴販売製造チーム」の将来運営のリスクになっているのは、皮肉と言うしかないが。
そして、俺は「冒険者靴販売製造チーム」に対し、良い目標を設定しなければならない。
自分が英雄なら「俺は国を手に入れる!」とか「世界から戦争をなくす!」とか「魔王を倒す!」などと言うのかもしれないが、生憎、俺は普通の人間だ。
何が適切な目標か。思考を進めて、結論を出す。
冒険者靴の発売キャンペーンを、大々的に張る。それに、チーム全員で取り組むのだ。
俺は計画を練り始めた。
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