第78話 腕輪
席を立つ前に、ジルボアが目配せをしてきたので、俺も視線で目礼を返した。
それは、ジルボアからの、「1つ貸しだぞ」というメッセージである。
この会談中、ジルボアは一貫して俺の立場に寄って、グールジンを牽制する役割を果たしてくれた。
剣牙の兵団にとって、冒険者用の靴が初年度にもたらすであろう銀貨2000枚の分け前は、いかにも小さい。
それよりも、団員に潤沢に冒険者用の靴が行き渡り、靴の効果であがる上級依頼の成果の方が遥かに大きい。
だから、今のところジルボアは作る側の俺を擁護している。
それは、合理的な意思決定の結果であり、今のところ、かなりの確度で信頼できる。
商売の利益が跳ね上がり、桁2つ上がると、また話は違うのだろうが。
ジルボアは、ふと気がついたように手元の箱から、金属の輪を投げてよこした。
「持っていけ。虫よけになるだろう」
それは、剣牙の兵団の団員章を示す、腕輪だった。
「俺は、剣牙の兵団に入るとは・・・」
と言いかけると
「入れとは言っていない。靴を作る間の虫よけだ」
おそらくスイベリーあたりが、先のスリ騒ぎを報告していたのだろう。
あり難く受け取ることにした。
「それなら、もう1つくれ」
ジルボアは、ニヤついて、もう1つの腕輪を無言で投げてよこした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事務所を出ると、橙色の夕陽が街を染め上げ始めていた。
随分と、長く話し込んでいたんだな。
俺は大きくため息をついた。
事業設立の大きな山は越えた。だが、決まったのは体制だけだ。
これからは、実務を回していかなければならない。
そして、実務で頼りになる人間は、俺を除いていないのだ。
信用のある人間を育て、仕組みを作り上げていく道の遠さに、溜息を吐かずにはいられない。
俺は傍らを振り返り、サラがついてきているのを確認した。
「そうだ、サラ。これを身に着けておいてくれ」
そう言って、ジルボアから受け取った剣牙の兵団の腕輪を手渡す。
「これって・・・」
「俺も身に着けてる。これから、いろいろと物騒になる。お前が人質にとられたりしたら困る」
サラは、そうっと手首に腕輪を通すと、左腕に腕輪を通し満面の笑顔になった。
そうして、2等街区の新しい宿へ向かう途中、ずっとニマニマと気持ち悪い笑いをしていた。
まあ、剣牙の兵団の腕輪と言えば、冒険者の憧れだから、気持ちはわからなくもない。
「おい、借り物だからな。なくすなよ。」
俺の注意が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
サラのニマニマ笑いは、宿へ帰り、飯を食い、部屋へ戻っても続き、腕輪を撫でまわしていた。
多分、明日あたり冒険者ギルドへ行って、無意味に見せびらかすのだろう。
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