第74話 時間がない
隊商の定宿に向かう道、サラが小声で俺に話しかけてきた。
「ねえねえ、私にもわかったこと、なんであの人わかんなかったのかな?」
「しいっ、声が大きい。あのな、サラが1人で余所者達と一緒に歩いてたとする。その時、後ろで何か起きたらしい、と思ったらどうする?」
「そりゃあ、逃げるよ。私、こう見えても足は速いんだから」
「じゃあ、パーティーが襲われたら?」
「後ろ向いて戦うよ。当然じゃん」
「そう。つまりな、グールジンは1台の馬車から始めて財産を増やしてきたんだ。その時は、何かあったら後ろを見捨てて逃げるのが正しかったんだ。だけど、今は8台の隊商のリーダーだ。正しい答えが変わったんだよ」
「あー。なるほどねえ」
グールジンは、ギロっとこちらを向き低い声をあげた。
「なんか、もう少し囀(さえず)りたいことはあるか?」
ひっ、と言いながらサラは俺の背中に隠れた。
お前が聞いたんだろうが・・・。まあ、いいか。
「俺の言った話は、理屈だ。だが、実際には難しいだろう。馬車の速さは荷物の重さや馬の体調で毎日変わる。ただ、それに気が付けるのは隊商リーダーのあんただけだ。
馬車の御者と、毎朝、話し合う時間を作るといい。御者は馬の体調を誰よりもわかってる。誰も置いていかないためだ、と理由を話して、正確に速さを見積もってもらうんだ。
リーダーは、最後尾の馬車に乗る。最も強い護衛は戦闘に集中させる。それで隊商の気持ちも、戦闘も安定するはずだ」
ふうむ、とグールジンは大きな手で顎をさすりながら鼻を鳴らした
「気にいらねえ。だが、それなりに頭が働くようだ。隊商(うち)に来るか?」
「やめとくよ。俺は足が悪い。馬車がひっくり返ったら置いてかれちまうよ」
俺も、冒険者をやめた後の道として隊商護衛への転職は考えていたことはあるのだ。
ただ、足を悪くして引退したため、その道はなくなってしまったわけだが。
「ああ。それじゃあ止めた方がいいな。馬車がやられた時に逃げ遅れる。坂道や荷物や水が多いときは長時間歩きになることもよくある。歩けなきゃ、街間商人はやっていけねえ」
「そう。それは冒険者も同じだ。俺が持ってきた儲け話は、それを変える話さ」
脇に抱えてきた木箱を掲げて見せる。
と、バグン、と何かを打撃した音が聞こえた。音の方向を見ると、スイベリーが剣を鞘にしまうところだった。
「なに、ただのスリだよ」
気を失って倒れている貧民を前に、スイベリーは軽く応える。
だが、大手隊商のリーダーと剣牙の兵団の副長がいる集団を狙うスリなどいるわけがない。
あのむき出しの足を、伸ばされた手を見ろ。爪をキチンと切っているじゃないか。
思ったよりも時間がない。俺の焦りは深まるばかりだったが、せっかくグールジン相手に事前交渉で築いた優位を捨てるわけにはいかない。
何気ない風を努力して装い、無言で歩いた。
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