第73話 街間商人
隊商(キャラバン)の駐車場は、ひたすらに喧しく、活力に満ちていた。
首を振ったり手振りを大きくしたり少しでも有利な条件で取引をしようとする商人達、重く高価な荷物を背骨が折れんばかりに背負って運ぶ人足夫達、槍や弓をしごき鎧を鳴らしながら護衛に赴く冒険者達、馬車を曳く馬達の嘶(いなな)き。
そして、俺達の前で大声で、がなり立てている大男。それが、元剣牙の兵団で、今は大手の街間隊商(キャラバン)をリーダーとして率いる男、グールジンだった。
「おいグールジン、相変わらず景気良さそうだな」
スイベリーが気安い感じで声をかける。
「ああ!?」
と大声で振り返った男の声は、もう一段ボリュームをあげて俺達の耳朶を打った。
「なんでえ!!剣牙の兵団の副長さんが何の用でえ!!」
「いや、用があるのはこいつだ。」
と、俺を指す。俺は相手の目を見て、負けじと大声をあげる。
「ケンジだ!今日は、あんたに儲け話を持ってきた!」
この手の男はグズを嫌う。理屈を嫌う。大声で、役に立つ情報を聞くことを好む。
それまで、俺の上を通り過ぎ、無視されていた視線が、少しだけ関心を示した。
「スイベリー、こいつは誰だ」
「ケンジだ。腕は大したことないが、学はある。
ほう、と声に、改めてグールジンの声から関心が一段高くなるのを感じる。
「何をしたんだ。最近、お前らの羽振りの良さと関係があるのか」
この話の持ち掛け方には、憶えがある。
トラブルを抱えていて相談したいが、面子が邪魔しているときの態度だ。
「ここじゃ、儲け話はできない。秘密が洩れたらマズイからな。どこか静かな所に行かないか」
と水を向けると、案の定、グールジンは大人しくついてきた。
上手く話を引き出してやって、トラブルを解決できれば有利に交渉をすすめることができるかもしれない。
歩きながらグールジンの隊商を観察し、本人の話を聞く。
ふと、隊商の1台の馬車が新品なのが気になった。他と比較して木の色が白い。
「新しい馬車を増やしたようだな。景気がいいのか?」
と聞くとグールジンは苦虫を噛み潰したような声で答えた。
「あれは、前にやられた馬車の補充だ。8台で隊商を組むと、どうしても遅れる馬車が出る。視界のいいところばっかじゃねえ。森の中、山の道、馬の疲れ、そんな理由で孤立した馬車が襲われるんだ」
「怪物(モンスター)が強いから、後ろの1台を犠牲にして逃げてるんじゃないのか?」
「馬鹿言うな。俺達(うち)は剣牙の兵団の引退者や、戦闘系のクランから引き抜いた腕利きが揃ってる。襲ってくる怪物(モンスター)だってゴブリンが精々だ。ただ、数が多い。それで孤立してると手が足りなくて荷物や馬車をやられちまうんだ」
「ふうん」と、相槌を打ちながら俺はグールジンに声をかける。
「それは、俺なら何とかしてやれると思うぞ」
と言うと、グールジンは俺を睨みつけた。まあ、面子を潰されたと思ったのだろう。
だから、俺はスイベリーに話しかける。
「なあ。剣牙の兵団でも、行軍をするよな」
「もちろんだ。俺達は全体で1つの集団だ。そのために厳しい訓練を積む」
「どういう順番で行軍するんだ?」
「剣盾兵、斧槍兵、弩兵の順だ。」
「その理由は?」
「戦闘のためだ。陣形を保ってこそ、クランの戦闘力が維持される」
「では、その逆の陣形で行軍したらどうなる?」
「陣形は広がって使い物にならないだろうな」
「その理由は?」
「弩兵が一番身軽で、次に斧槍兵、剣盾兵は装備が重くて遅れるからだ」
ここまで話をして、スイベリーだけでなくグールジンやサラにも話が見えてきたようだ。
「つまり、足の遅い人を前にすればいいのね!」
「そうだ。集団のスピードは一番足の遅い奴に合わせる必要がある。だから、いっそ一番前にする。直感には反しているが、集団は遅い順に並べた方が効率よく移動できるんだ」
どうだ?という眼でグールジンを見る。
大男のグールジンは顔を顰めてスイベリーに話しかける。
「なあ、こいつなんなんだ?」
フフッ、と鼻を鳴らしてスイベリーも笑う。
「俺も、うちの団長も同じことを言ったよ。こいつ、なんなんだ、ってな。」
「あたしも言った!」
とサラが手を勢いよく上げる。
「まあ、とりあえず儲け話とやらを聞こうじゃねえか」
隊商のリーダーは、ようやく話を聞く気になってくれたようだった。
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