第72話 脳筋の理屈
街間の輸送を行う商人達。彼らは略して隊商(キャラバン)と呼ばれている。
馬車を連ねた大型の隊商が多いからだ。
近郊の村から野菜などを売りに来る個人商人もいるが、彼らはせいぜい驢馬に籠をくくりつけて運ぶだけなので、隊商とはハッキリと区別される。
隊商は、大体4台もしくは8台の単位で組織されている。
野営や防衛のために、カーゴ・ボックスと呼ばれる東西南北に馬車を並べる四角い陣地を作るためである。
隊商を束ねるリーダーに加えて、各馬車の御者兼護衛、馬車に属さず馬で追随する護衛などを含めると数十人以上、時には100人を超える大所帯となることも珍しくない。
街の外には、怪物が多い。なので、隊商の人員の多くは、30代から40代の元冒険者である。
カーゴ・ボックスに籠って戦うのが基本なので、槍と弓矢を多く装備している。
長年の危険な冒険者生活を運よく生き延び、貯まった小金で商売を起こそうとする冒険者は、多くの壁に突き当たる。
なぜなら、街中の商売は地縁(コネ)やギルドが最重要である。引退冒険者のような新参者は、なかなか参入できない。
そこで、街と街の間の流通を担う冒険商人になるのである。
街間流通は危険が大きく、放っておいても商人が減っていくので既得権者は少ない。
新規参入者は、いつでも歓迎でされる。
当てれば大きいが、怪物や山賊に襲われる危険も大きいので、街で育った商人は従事したがらない。
だが、冒険者にとって危険は友人である。
そこに需要と供給の一致がある。
つまり、剣牙の兵団に紹介された大手隊商のリーダーは、元冒険者として成功し100人の乱暴者達を従え、今なお死線を潜り抜けている叩き上げの商人、ということである。
現代の感覚で言うと、中央アジアの紛争地帯である旧シルクロードで稼いでいるトラック商人達の親玉、といったところだろうか。
戦国時代や紛争地帯では、その種の商人とも、山賊とも、武将とも区別のつかない人間が幅を利かせるものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その隊商の駐車場に向けて、サラに説明をしつつケンジは歩く。
さすがに団長自らが来るわけには行かないので、副長のスイベリーが同行する。
おっさん接待に強いサラも一緒である。
「ねえ、さっきの話だけど」と、サラが話しかけて来る。
「どうして、隊商に声をかけるの?街中の大きい商人じゃダメなの?」
「剣牙の兵団の次に声をかけるのは、隊商に決めていたからだ。予定は早まったが、計画通りと言えなくもない
。
今回、剣牙の兵団とはしっかりと組んだ。これで直接に手を出される可能性は殆どなくなった。
次に、隊商と組む。すると、街中で利権目当てに商売を妨害される可能性が減るハズだ。
なぜなら、街中で販売を妨害されたら、俺は靴を別の街に売るだけだ。
利権が目当ての連中は、売るのを妨害して、あがりが欲しいんだ。
その靴を売りたければ、金をよこせ、とやりたい。
だけど、じゃあ別の街で売ります、とやられたら、それができない。
だから、真っ先に身の安全。次に、余所の街との流通を抑えたいんだ」
常にプランBを用意しておけ、そうすれば交渉で有利に立てる、ということだ。
理想を言えば、靴の優先販売権を利用して多くの勢力による緩やかに安定した均衡状態を作り出したかったのだが、それを工作する時間がなくなった。
予定が早まったせいで俺の立場は剣牙の兵団に大きく寄らざるを得ない。
結局は、剣牙の兵団と隊商の、暴力と流通を抑えた冒険者勢力、対、その他の街中の既得権を持つ勢力という二大勢力の鋭い対立図式になりそうだ。
将来的には、剣牙の兵団が、この街を離れるときに事業ごと売られるリスクはあるが、今、まさに狙われている自分の命には代えられない。
未来の健康のために、今死ぬわけにはいかないのだ。
ふうん、とサラはあまりわかっていない様子だ。
今、俺達は結構危ない立場なんだが。わかってんだろうか。
2等街区の新しい宿に移動した時も「ねえ、ベッドの下が藁じゃないよ!なんか綺麗な布が敷いてある!」とハシゃいでいた。
「お前は、相変わらず回りくどい、妙なことばかり考える」
最近、すっかり垢抜けて身綺麗になったスイベリーが言う。
「街中で妨害されたら、剣でぶった斬ればいい。数が多ければ仲間を呼べばいい。相手が商店なら、店ごとぶっ潰せばいい。殺したら問題になるなら、手指の一本でも切れば大人しくなる」
腰の魔剣の鞘を叩きながら真顔で冗談を飛ばす。冗談・・・だよね。
「わー、さすが剣牙の兵団、カッコいい!ね、ケンジ、そう思わない?」
サラが目をキラキラさせてアイドルを見る目で賛成する。
俺は、ときどき、こっちの世界の脳筋具合(こういうところ)について行けない。
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