第65話 世界は複雑なもの
以前、作成していた作業リストを見て、もう一つ大きな問題点があることに気が付いた。
靴屋ギルドをどうするか、ということである。
靴屋のギルドは、個々で靴を製造する職人達の集まりである。
ほとんどの靴屋は、2等街区以上の市民や貴族、所謂中上流向けの、つま先の尖った都市内を歩いたり、舞踏会に出たりするための、お洒落靴を作っているし、革通りの職人から素材を仕入れるルートは作ってあるので事業的にぶつかることはない。
ただ、うちの縄張(シマ)りを荒らすんじゃねえ、とこちらの靴製造を邪魔される可能性はある。
そうならないよう、余計な邪魔をするとコワイ戦士団(ジルボアたち)が工房までブッ殺しに行く体制を作ろうとしているのだが、俺も好んで彼らと敵対したいわけではない。
それに、3等街区で細々と靴を作っているオッサン達の店を潰したくない。
彼らには、俺の考える冒険者向けの靴を、駆け出し冒険者に低価格で売り出すために2つの重要な役割を担って欲しいからだ。
1つ目は、冒険者用の靴製造に従事することである。
冒険者用の靴を、俺は徹底した分業方式で製作するつもりでいる。
従来の1人で全て作る方式に慣れた靴屋の反発は大きいと予想されるので、比較的低賃金で働いているであろう3等街区の職人から、希望者を募るつもりだ。
2つ目は、従来の靴屋を営業しつつ、アフターサービスを引き受ける道である。
冒険者向けの靴販売会社を構想する中で認めざるを得なかったのだが、靴の価格は、最初は高価格で販売せざるを得ない。
俺が一人で事業を作り上げて100足程度を販売するだけなら、低価格品を販売する目算(あて)もあったのだが、産業として育成しようと思うと、関係者への利益配分が問題になる。
協力したのだから、取り分を寄越せ。そうなるだろう。
いわば、靴の価格に用心棒代が乗せられる形になる。
当然、靴の価格はあがる。だから、高級品が中心になる。
そうすることで事業は安定して利益を得ることができ、関係者は潤う。
駆け出し冒険者向けの普及品を作るのは、市場に高価格の冒険者用の靴が十分に行き渡った後になるだろう。
低価格な靴の販売は、関係者からの反対を受けるに違いない。
自分たちの利益を減らす理由がないからだ。
だが、俺は低価格の冒険者(かけだし)向けの靴を作りたい。
おそらく、方法は2つある。
製造不良品と、中古品の販売市場を整備することである。
一つ目の方法である製造不良品の販売とは、靴の製造過程で革に傷がついて売り物にならない状態のモノを、わけあり品として低価格で売るのである。
現代世界ではブランド価値を毀損(きそん)するものとして、咎(とが)められる商法でもある。
まあ、それが良くないことを知っているのは、今、ここでは俺だけなのだが。
もう一つは、中古品の市場を整備することである。
俺が製造する予定の靴は、高価で頑丈だが、それを使用する連中にとっては消耗品扱いでもある。
剣牙の兵団では、すぐに100足を注文したい、と言ったのは、その表れだろう。
そうして、損傷した靴を引き取って来て、修理して低価格で販売する。
その修理やアフターサービスを、3等街区の靴屋のオッサン達に委託しようと思うのだ。
損傷した靴を引き取って来れば、靴のどこが、どのように損傷しやすいのか情報を得ることができるので、靴を改良することもにつながる。
二つの方法を比較すると、中古市場の整備案が良いように思えてきたので、靴やギルドとの交渉については、この方法で行くことに決める。
それにしても疲れる。
俺はただ、冒険者(かけだし)の連中に安くていい靴を売りたいだけなのに世界はどんどん複雑になっていく。
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