転生って正味罰ゲームだよね?

母里三位

第1話 序章

 心を満たす喜びよりも、腹を満たす食物が欲しい。――暗い洞窟の天井・・に張り付きながら、ふと、そんな事を考える。もう、何日になるだろうか。真っ暗にかおる深い闇と、湿った空気に閉ざされた世界。気付けば、そういう場所にいた。


 自分が転生者だということは、おぼろげに記憶している。けれどもそれ以外のことは、あまり良く分からない。自分が元は誰であって、どこから来て、どこへ行くのか。そんな当たり前のことさえ、何も脳裏のうりに浮かばない。――まあ、思い出したところで、おそらく意味はないのだけれど。


 どうせ今度も、また別の世界。時間軸も空間軸も――もし、そんなものが存在するとすれば――異なる、新天地に放り込まれたのだろう。


 転生者――魂を永劫えいごう束縛そくばくされた、呪われし存在。


 何も知らない最初の内は、生まれ変わりを喜んだ。不完全とはいえ、前世の知識を引き継いで、人生をやり直せるんだ。果たせなかった夢や、やり残した沢山の出来事にもう一度挑戦する、素晴らしいチャンスを得たのだと思った。


 けれども、五回、十回と新しい・・・人生を繰り返す内に、心の中で疑問が膨らんでいくのを感じた。いったい、僕は、何のためにこんなことをしているんだろう?


 石器時代からSFの様な未来都市まで、様々な世界に生まれた。裕福な家庭で大切に育てられた時もあれば、物心つく前に捨てられたこともあった。血がにじむような努力をして、やっと一角ひとかどの成功を収めた人生があった。ずっと不貞腐ふてくされて、無為むいに過ごした生涯もあった。富貴利達ふうきりたつも、そこからの転落人生も味わった。簡素清貧の意地をつらぬき通したことも、酒池肉林の宴に明け暮れたこともあった。


 でも、どれだけ過程を変えても、常に結果は同じ。救済は、一度も訪れなかった。やがて老い、死んで全てを失って、また最初からやり直し。――まるで、終わりの無い悪夢。何度転生を繰り返しても、最期は何も変わらなかった。


 輪廻りんね咎人とがびととなった今なら、良く分かる。自分が何事かを成し得たとうそぶく、生者のおごりは虚しい。死と共に全てがちりかえる、砂上の楼閣ろうかくを誇って何になるだろう?


 ――いや、止そう。そんな、否定的なことばかりを考えるのは。


 とにかく、程なくして僕は、自分が人であることをいとわしく思うようになった。すると不思議なことに、僕の身体も次第に、人としての形から離れて行った。そして、今に至る――と、言う訳だ。


 今度の人生で得たのは、コソコソと闇の中をいまわる、不定形の身体。暗い洞窟の天井にひそみながら、ひたすら、獲物が下を通るのを待つ。


 自らが人でなくなったことに対する、嫌悪感けんおかんは無い。――いや、むしろ清々せいせいするくらいだ。誰も知らない所で、化け物としてひっそりと暮らし、やがて誰にも知られずに死んでゆく。そんな生き様も、いさぎよく美しいじゃないか。その日、腹を満たす食物と、その夜、雨露をしのげる宿があれば十分だ。それこそが生きている間に望み得る、最上の幸せなのだから。

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