8・金獅子騎士と王宮騎士

 アラン・リュームは、ヴェルサリア王家の二つの騎士団のうち、例えるならば王家の剣と言うべき存在である金獅子騎士団に対し、王家の盾となる王宮騎士団の団長である。

 正式な序列としては金獅子の方が上位だ。だが、辺境各地へ遠征し、実戦を経験する事もある金獅子騎士団と異なり、常に国王の傍にあって警護の任を担う王宮騎士団は、華美な騎士としての装いや、実用性には欠けるが人目を引く演出を好む、要するに宮廷向きのお飾り的な集団で、その分、贅が好まれる都人の感覚に染まり、どこか血と泥の臭いを纏う金獅子を、野蛮と厭うところがあった。王都で伯爵家以上の出自を持って騎士団所属の騎士となる道を選ぶ者は殆ど、危険はろくにない上に『国王陛下のお傍にあってお護りする』という形ばかりの名誉を得られる為に、王宮騎士団を希望するものだった。

 それでも、三年前にアラン・リュームが前団長からその位を引き継ぐまでは、目立つような不和はなかったのだが、彼の就任以来、様々な変化が起きていた。アランはウルミスより二歳ほど年下なのだが、ウルミスより上位の家柄であるのにウルミスと肩を並べる、或いは下に立つ事もあり得るという状況が気に入らず、敵愾心を顕わにしていた。彼が王宮騎士団長に就任して最初にした事は、団員に対し、金獅子騎士と個人的な交流を持つのを禁じる事でさえあったのだ。王家の剣と盾として並び立ってゆくべきと強く自覚を持っているウルミスには困惑と些かの憤りを禁じ得ない事だったが、強硬な権威主義者であるアランは、譲歩しても図に乗るばかりでとどまらないとこの三年間で知り、不本意ながらも犬猿の仲となっている。

 宮廷に入り浸りであるアランは、己の利を強く求める男であったから、時の権力者である宰相アロール・バロックに忠実である。と、同時に、新王の王太子時代からの一番のお気に入りと言われるアルフォンスにもこれまで常に諂うのを忘れなかった。アルフォンスの考えよう次第では、王妃にはかれの娘ユーリンダが選ばれていたかも知れないのだから当然といえば当然である。ウルミスに敵意を持つのは、アルフォンスと親しい、という理由も含まれていたのだろう。虚栄心の強い人間だが、アルフォンスに華を持たせて取り入る為に、公衆の前での剣の練習試合でわざと負けて見せる事もあった。アルフォンスにしてみれば、アランはウルミスよりも剣技が劣っており、手を抜いてもらわなくとも余裕で勝てる相手なのだが、護られる立場の大貴族が自分より強い筈がないと思い込んでいるアランがおかしな真似をするので、アルフォンスの方も、彼に大怪我をさせないよう手を抜いてやらねばならなかった。

『流石はルーン公殿下、金獅子騎士団長も打ち負かしたという噂通り。某など御足元にも及びませぬ』

 ウルミスが負けたのだから自分が負けるのも大した恥ではない。それよりも、王国最強でなければならないウルミスが嘗て大敗を喫した事を皆に改めて思い出させる手立てにも利用しようとする、この小狡い男がアルフォンスは好きではなかった。


「しかし、口論とはどのような? まさか王宮騎士団がこのわたしを拘束して取り調べようという訳でもあるまいに」

 苦笑混じりにアルフォンスが問うと、ウルミスもつられたように口角を上げ、

「そりゃあ勿論そうだ。まず、やつは私が調査に加わる事が気に入らないのさ。それにやつは、宰相閣下から話を聞いて、グリンサム公の死についてきみが何かを知っているが、宰相閣下に隠して何らかの利益を得ようとしていると考えている」

「なんだって! 何故わたしがそんな事で利益を得ようとしなければならないんだ! そもそも一体何の利益が発生するというんだ」

「やつは、王宮騎士は完全な警備態勢を敷いており、曲者が入り込む余地など絶対になかったと主張している。しかし、曲者は現に死体となって、今は王宮騎士団で調べられている。さてところで、曲者はアルマヴィラ人だった。とすると、曲者は、自分で忍び込んだ訳ではなく、最初からルーン家の御一行の一員だったと考えられる。それならば、警備に隙がなくても入り込めるのは仕方のないこと……」

 『曲者はアルマヴィラ人だった』という言葉にアルフォンスは僅かに動揺したが、面には出さなかった。勿論昨夜の時点で判っていた事ではあるが、今はあの時とは違い、その意味を知っているからだ。ルルアの子ら、ヴィーンの闇――その手先だったという事。エーリクがアルフォンスに密かに接触しようとした事も、何もかも彼らには筒抜けだった。だから、エーリクが余計な事を言わぬよう、直ちに警告を送ってきたのだ。王宮に潜入して警告し、無事に帰れる見込みが高くない事くらい予見していただろう。あの男はただ警告する為に命を賭けるよう命じられた捨て石だったのだ。しかし、非情な集団である彼らと今や敵対してしまったアルフォンスではあるが、元はアルマヴィラの問題、と思えば、無関係と言い切るのも引っかかりを覚えてしまう。

 けれども勿論かれとしては、

「いくら身体的特徴がアルマヴィラ人だと言えども、アルマヴィラの血をひく全ての者がわたしの民ではない。商人や傭兵……故郷を捨てて出ていった者はいくらでもいるし、生まれも育ちもアルマヴィラとは関わりない、その子孫だっているだろう。黒髪と黒い目を持っていたからわたしの部下だと決めつけられるのは心外にも程がある」

 と言うしかない。部下ではないがルーン家と関わりがないとも言い切れないとは、決して思わせてはならないのだ。だがあくまでアルフォンスに好意的であるウルミスは、そんな思いに気づきもせずにあっさりと言う。

「勿論そんな事は誰にだって判るさ。だが、アランとしては、王宮騎士団の面目に関わる事だから、そうであって欲しいと思っているのさ」

「成る程。それで、どうしてわたしの部下がわたしとエーリクを襲ってきて、わたしの前で自害しなければならないんだ」

「さあ、それは、きみの一行に紛れていただけできみの命令で動いていた訳ではない、とすれば話は通るだろう」

「わたしは王都へ随行する人員は厳選している。身元の怪しい人間などいる訳がないだろう」

「おいおい、私に怒らないでくれよ、それくらい判っているさ。これはあくまでアランの推理なんだ」

「別に怒っていやしないし、きみがそんな事を考えている訳がない事くらい解っている。ただ、王宮騎士団長に呆れているだけだ」

「まぁそうだろうが、呆れる所はここから先なんだ、と言っておこう」

「口論したという部分か」

 ウルミスは頷いた。

「今言った事は、この事件の落としどころとやつが考えている部分だ。狙われたのは陛下ではなくグリンサム公殿下、やつのあるじではない。本来なら、陛下の祝宴に招かれた客全ての安全に対する責任はやつにあるのだが、陛下は何もご存じないし、そもそも曲者はきみの一行に紛れて王宮内に入り、襲われた事もきみや私がすぐに報せる事を怠ったのだから、自分が責任をとる必要はない、というのがやつの主張だ」

「まぁ別にわたしは王宮騎士団の責任を問いたい訳ではないが。そもそも、出来れば公にしたくなかったのだし。陛下の御身に危害が及ぶ心配さえなければいいんだ。そして敵は目的通りにエーリクを殺したのだから、これ以上何かが王宮に侵入してくるような事はないだろう」

 慎重に言葉を選びながらアルフォンスは答える。敵の正体が明らかになった今、彼らが今後王家に害を為す理由は見当たらない、とかれは知っているが、何故そう言い切れるのか、と疑念を抱かれると困る。ウルミスは幸いアルフォンスの言葉に素直に頷いた。

「昨夜は確かに、あまりに大規模な祝宴だったから、下働きで臨時に雇い入れた者など、日頃の数倍の人間が王宮内に入り込んでいた。だが勿論、陛下のお傍に近づけるような者は限られているから、王宮騎士たちの目はやはりそちらに向いていた。大貴族様がひとけのない所にこっそり出て来たからこそ、曲者は動けたのだろう。最初から、グリンサム公殿下に目をつけていて機会を狙っていたとしか思えない。グリンサム公殿下があの場所に来る事も知っていたんだろう」

 このウルミスの言葉に、アルフォンスは違和感を覚える。エーリクに直接手を下したのはあの曲者ではない。庭園で殺された訳でもない。国王夫妻がいる場所で、しかも王妃と踊っている最中に倒れたのだ。アルフォンスが返答を考えているとウルミスは更に加えて、

「遅効性の毒を武器に塗り、僅かにかすっただけで公を殺してしまうとは全くもって卑怯な手段だ。きみも公もまさかあの小さな傷からそんな事になるとは、あの時は思いもしなかったろう」

 と言った。

(そうか、宰相閣下はエーリクを殺した犯人はあくまであの曲者だという事になさりたいのだ。あの祝宴で、グリンサム公妃が夫を毒殺したという事実は、騎士団長達にさえ伏せておきたい事なのだ……)

 ようやく、宰相がウルミスやアランに何を話したのか、見えてきた。しかし、宰相は何故エーリクを殺した犯人まで知っているのだろう? あの時宰相は、

『エーリクはなにゆえに殺されたのかを、そなたに尋ねたかったのだ』

『そなたは、あれが自然死だと思うのかね』

 と言っていた。自分は試されたのだろうか?

(いや、単に、犯人が誰とは知らずに、話が大きくなるのを避けたいと思われているだけかも知れない……。しかし、判らない……一体何をどこまでご存じなのか?)

 とにかくはっきりしているのは、宰相は騎士団に調査を命じつつも、事実が明るみになるのは避けたがっている、という事だ。そうでなければ小細工など必要ない。

「まったく、思いもしなかった事だ。わたしは彼を守ったつもりでいて、結局は死なせてしまったのだから、後悔してもし足りない。すぐに医師に手当させればもしかしたら助かったかも知れないものを」

 と、話を合わせてアルフォンスは答えた。だが、宰相は、王宮騎士団長は、それぞれ何を考えているのか、まったく謎は深まるばかりだった。

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