炎獄の剣

青峰輝楽

序章・聖炎伝説

 これは、バルトリアという大陸に残された伝説の物語。

 刻をおよそ四百年ほど遡る『大陸の始まり』。それから数えて約百五十年の間は、八つの公国が並び立ち、大陸の覇権を得んと争い合った、のちにいう『八公国時代』。そのひとつ、後に宗教国家として花開くルーン公国の建国された地域は初め、小さな貧しい村がいくつか点在しているようなひっそりとした場所だった。

 この地方の人間は皆、黒髪に黒い瞳を持つ。これは、この地方で信仰されていた地の神ノノスの祝福を受けたあかしとされた。

 開かれた都市では光の神ルルアが第一の信仰対象であったが、田舎ではルルアより格の低い神が崇められる事も多い時代だったのだ。

 それ故に、黒髪黒目以外の人間は『地を踏む資格なき者』とされ、他の地方の、他の身体的特徴を持つ人々とは殆ど交わろうともしない、頑なな閉鎖的地域となっていた。


 そんな時代のそんな村の長の妻が、双子の赤子を産んだ。

 瓜二つのその姉妹は、祝福の色である黒を持たず、黄金色の髪と瞳を持っていた。

 呪われた子……父親である村長はそう受け止め、我が子を殺す為の刃を向けた。

 だがその刃を、出産を終えたばかりの妻が身体で受けた。

 本来情の深い男であった村長は、妻の死を悼み、妻の為に、その呪われた娘達のいのちをとるのを止めた。

 但し、家の奥深くの一室に閉じこめ、決して出てはならぬ、と言った。

 呪われた身で、決して地を踏んではならぬ、と。

 娘達が15になった年、地方に、かつてない恐ろしい疫病が蔓延した。その村でも、多くの者が床に伏し、苦しみ、死んだ。

 誰かが言い出した。この災いは、あの呪われた娘達のせいだと。

 その声は、すぐに村の声となった。

 虐げられながらも、誰をも恨まず真っ直ぐな心を持って育った娘達を、その頃には慈しむ気持ちも持ち合わせていた村長だったが、そうなってしまっては、長の責務を果たさない訳にはいかない。

 娘達は、処刑の為に、表に引き出された。

 生まれて初めて踏む土。その上に、呪われた血を流し、村人は狭量な神に慈悲を請う心算だった。

 父親の剣が、躊躇いを含みながらも姉娘の胸元に振り下ろされた時。

 黄金色の炎が、娘の身体を包み、その炎に触れた剣は忽ち灰となったのだ。

 手と手を繋いだ双子の姉妹を、光り輝く黄金の炎が包むと、二人は静かに歩き出した。

 地を踏む毎に、二人の足裏がじりじりと焦げるのは、小神の意趣返しに他ならなかったが、姉妹は苦痛の貌も見せずにそのまま、村の外壁に沿って歩き続けた。

 壁の上に、不思議な黄金の炎が燃え始め、その炎がぐるりと村を囲んだ時、娘たちの足は焼け爛れていたけれど、村のすべての病人は癒されたのだった。

 そして、空から、誰も見た事のないような美しい光が射し、その光は娘たちの足を元通りにした。

 その時全ての者は、娘たちが、ノノスより遙か上位の神、光の神ルルアの遣わした者である事を悟ったのだった。

 その後、二人は他の村もまわり、全ての病人を癒した。

 姉娘のアルマはやがて村長を継ぎ、更にはその地方を統べる者となった。アルマ・ルーン、女性ながら、初代のルーン公国の主である。

 妹のエルマは、新たにこの地方に建立されたルルアの大神殿の長となった。エルマ・ヴィーン、宗教的権威によってルーン家と並ぶヴィーン家の始祖である。

 アルマの子孫は代々、後にアルマヴィラと呼ばれる事となったこの地方の領主となった。エルマの子孫は代々、ルルアの総本山となる大神殿の長、ルルア大神官と、アルマヴィラ都を囲む聖なる黄金の炎を灯しアルマヴィラ地方の繁栄と平和を護る、聖炎の神子を輩出するヴィーン家の血を引き継いでいった。


 ……アルマヴィラ地方に語り継がれる伝説である。

 それから四百年の月日が流れた。八公国の中から中央のヴェルサリア公国が抜きん出て大陸を統べ、ヴェルサリア王国となって約二百五十年。

 聖都アルマヴィラから今、新しい伝説が始まる。

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