第12話 アイロン

 夜、夕食後、音楽を聴きながら雑誌を読む颯太の横で、鋼鉄の迷惑がアイロンがけをしていた。といっても、いつもの小規模念動力でアイロンを操っている訳ではない。

 鋼鉄の迷惑の上から見えるところはすべて赤錆びているが、実は、底面だけは磨かれたようにピッカピカなのだ。それを知った颯太は、猫の爪とぎ板よろしく、柱に金属たわしを取り付けてやった。すると、鋼鉄の迷惑は、嬉しそうに回転して、わしゃわしゃと底面を磨いていた。

 そして、今、鋼鉄の迷惑は、自ら高温を発し、己が身体でアイロンがけをしていた。


ハンカチ、Tシャツ、カジュアルシャツ、……


「たまには、役に立つこともあるじゃないか」

と、颯太は機嫌良く言った。


靴下、トランクス、……


「いや、アイロンかける必要あんのか?」


ジーンズ、……


「ちょっと待てーっ! ジーンズにスラックスみたいな折り目入れるな!」

と、慌てて止める。

「まったく油断も隙もあったもんじゃねぇ」


布団、……


「布団? いや、布団乾燥機みたいな効果があるのかな?」


カーテン、……


「いや、無理すんな。空中でひらひらしてるカーテンにアイロンがけは無理だって」


 そう言われて、鋼鉄の迷惑は、颯太のところに、スーッと飛んできた。鋼鉄の迷惑のどこにあるのかわからない目が、確実に颯太が見ていた雑誌を見つめていた。そこに書かれていた文字は、

「ヘアアイロン」

だった。

 颯太はすべてを悟った。

「いや、ちょっと待て、これは違うぞ。お前が想像してるようなのと違ってだな、細長いので挟んで、……、どわっ!」

 予想通り、鋼鉄の迷惑が高温の身体を颯太の頭に押し付けようと、迫ってきた。間一髪避ける。

「ま、待て。話し合おう。って、お前、話せなかったな。とにかくだな……」

じりじりと間を詰める鋼鉄の迷惑。じりじりと後退する颯太。

 颯太が台所まで後退した瞬間、颯太は足元にあったスリッパを鋼鉄の迷惑めがけて蹴り上げた。あとは脇目も振らずに、玄関のドアにダッシュ。夜の街へと飛び出した。

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